幸福の家あるいはぶどう畑の娘について

この文章を上げるために久し振りにブログを確認したところ、ここ数日のアクセス数が通常の十倍程度に跳ね上がっていた。こういうときは大抵ヴェネツィアのイベント絡みであり、そういえばカルネヴァーレの季節であったな、と検索してみたところ時節柄やはり…

乱暴者のジジイあるいは小舟のシロップについて

例の民話の本も短いものがあと四話残るばかりとなった。どれも大して面白くないのだが、残しておくのも癪なので片付けてしまおう。 UN VECIETO BIRBO あるところに、一人の小さな小さなジジイがいました。この小さな小さなジジイは、小さな小さな杖を一つ持…

鵞鳥の世話係について

前回の続き。 王の部屋係の女中が邸宅のバルコニーを開けますと、死にそうなほど寒い中を巡礼の娘が裸足で歩いてくるのが見えました。彼女は言います。「ここで何をしているのですか、美しいお嬢さん?」娘は答えました。「お願いです、この御屋敷で何か仕事…

太陽と月と風について

前回の続き。 こうして彼女は巡礼の身なりを整え、旅に出ました。歩きに歩き、荒野を越え森を抜け、山を越えて歩きました。一足目の鋼鉄の靴をすっかり履きつぶした頃、彼女は一軒の家を見つけました。その扉をたたきますと、老婆の声が聞こえます。「扉をた…

大鴉の王について

RE CORVO あるところに王様と女王様がおりました。女王様はご懐妊なさり、順調にご出産なさいます。が、ご懐妊中に誓いに背くことをなさったため、彼女は赤ん坊の代わりに大鴉をお生みになりました。その大鴉はすぐにバルコニーから空へ飛び去り、それから二…

林檎と皮について

今は南大東島に居るのだけれど、今年の四月から十一月の中旬までは十勝平野の果てに居た。経緯を説明すると長くなるのだが、一つだけ記すとすれば、ヴェネツィアーノのようにあちこちと渡り歩いて生きていくのも面白いかな、と考えてしまったということがあ…

美人の母とより美しい娘について

前回「mezzo」という語を仮に「半身」と訳しておきながら、そこで何か大事なことを思い出せないでいるような気がずっとしていたのだが、これがあろうことかカルヴィーノの「まっぷたつの子爵」だった。肝心なことというのはひととおり終わって気の抜けたとこ…

半身について

今回の話に「魔女」が出てくるのを見て、数ヶ月前のことだが、「小さな村の物語」という番組でブラーノが取り上げられていたときのことを思い出した。 話がいきなり逸れるが、この番組はかつて東芝が全面提供しており、番組冒頭では翻るトリコローレをバック…

七年間口を利かなかった娘について

以前も同じような展開があったと思うが、慣用的な悪態を吐いたらそのまま文字通りのことが起きるというのはどういう理屈なのだろう。Benedetto, maledettoという語彙の周辺を見ていると時折そういう気配を感じることもあるのだけれども、イタリアもまた言霊…

何も食べない妻、あるいは魔法の指輪について

食欲の減退する季節となったのでそれらしいタイトルの話を選んでみた。短いものなので今回は二本立てである。 'NA MUGIER CHE NO MAGNA 一組の夫婦がありました。あるときその妻が夫に、自分はもう何も食べない、と言い始め、そのとおり二度と食事をしている…

独身者たちについて

ヴェネツィアである必然性が今ひとつ感じられないような話が続いたので、今回は「Venezia」という単語が出てくる話を読んでみた。が、まずタイトルにあるorfaroniという単語がどの辞書にも載っておらず、ネットで検索してもこの話以外では使われていない。こ…

フリウリの民が如何にして生まれたかについて

とりあえずイエスが出てくる話をまとめて片付けてしまおうと思って深く考えずに選び出し、見るからに短い話だったので油断していたのだけれども、今回もなかなかに扱いが難しい話である。避けたつもりであったのに程なく「うんこ」に突き当たったことも憂慮…

十尺の布について

前回の話ではイエスが前座だったので、もう少し扱いのよい話を今回と次回でご紹介していこうと思う。どういう訳か相方は常に聖ペテロであって、これはヴェネツィアとの関連で言うと、彼が漁師だったからではないかと思う。 サン・ピエトロといえばまずはヴァ…

正義について

今回の話の冒頭に、前回触れた何ともいえない[che]の例があった。ヴェネツィア語の単語をそのまま標準イタリア語と英語の単語に置き換えてみたので、どうにも解釈できないこのもどかしさを是非とも体感して欲しい。 'Na volta ghe giera un contadin che el …

蟹愛づる姫君について

今回の話も多少荒っぽさはあるものの、道具立てに凝っているのでまだましな部類に入るだろう。すっかりヴェネツィア語にも慣れ、流し読みでも内容が理解できるようになったところで、実は「うんこ」関連のものがまだあったのを見つけてしまっていたりもする…

風に喰われる人について

今回は「ジャックと豆の木」や「黄泉比良坂」ふうな呪的逃走譚が中心で、全体的にどこかで聞いたような話の継ぎ接ぎであった。さすがにこれだけ訳してくると話の型が被ってくるのは仕方ない。もう前回ほどの強烈なインパクトは期待できないのだけれども、細…

小さな花籠について

件の本に掲載されている話はそれぞれ分量に差があり、そのときの勢いに合わせて適当に見当をつけながらつまみ食いをしているのであるが、ここへきてやっと、巻頭に収められている話に目を通してみた。ところが、素読の段階でこれは「黄金のガチョウ」や「笑…

山羊の頭と兎の耳について

次に何を訳そうかと例の民話の本を物色していたところ、塔から人が墜ちていく様子を描いた挿絵が目についた。トルチェッロのアレ(街の原点について - 水都空談)かと思ってその挿絵のある話を読んでみたが、まったくそんな場面は出てこない。イタリア人のす…

死んだ男について

以前買ってきてもらったヴェネツィア語の辞書にはまとまった文法解説があって、これがなければ何も始められなかった。また、ヴェネツィア語を読もうとする人間にとって聖典とも言える、Boerioという人が作った辞書があるのだけれども、それがいつの間にかGoo…

ブルジョワの食卓について

ヴェネツィア大学の軒先を借りていた頃のこと、肩書きだけはそれなりに客員研究員というものであったため、日本語学科の建物の三階(イタリア語では二階)、教員の研究室のあるフロアの一角に机を与えられていた。もっとも、図書館の最下層で文献を漁り、必…

疲れ切った人について

平均して月に240時間程度という労働時間はこの国ではたいしたことないのかもしれないが、私がイタリア帰りだということを少しは考慮してほしい。毎日のようにNon esisto senza vacanza! と心の中で叫んでいるのだが、日本人である上司の耳には届かないようで…

季節の行事について

有る程の芋投げ入れよ鍋の中 今や伝説となったラジオドラマ「芋煮会」を聴いて以来、芋煮なるものにいつかは参加したいものだと、この季節が巡ってくる度に考える。東北に知り合いが居ないこともないのだけれど、しかし実際にはなかなか行く機会がない。 里…

ドルチェについて

毎年5月31日が近づくとタバコの害を主張する報道が増え、煙の味が些か苦くなる。タバコの場合は被害をはっきりと定量化できるから攻撃しやすいのだろうが、しかしそもそも誰にも一分の迷惑もかけずに生きていくことなどできるのであろうか。他人様の寿命を一…

庶民の食卓について

ヴェネツィア共和国時代、国家的な正餐は年に五回あったそうである。これらは順に、○4月25日:守護聖人聖マルコの祭日○キリスト昇天祭[移動祝祭日]:999年にドージェ、ピエトロ・オルセオロII世がアドリア海を平定するためにヴェネツィアを出航したのを記念…

貴顕の食卓について

エリオ・ゾルズィという人によると、かつてヴェネツィアーニは一般的に一日二回の食事を取っていたそうである。十一時から正午の間に取る軽食、おおむね一皿のみで済ますmerenda、そしてミネストラと二、三皿の料理からなっていて、午後五時、これをora dogal…

肉料理について

古いヴェネツィア料理について調べていればもちろんヴェネツィア語の文章に行き当たるわけで、昨年買ってきてもらったヴェネツィア語辞典は本当に重宝している。紙の辞書というのはときに思いがけない言葉との出会いをもたらすもので、先日は調べ物の最中に…

魚料理について

18世紀、共和国が滅び行く頃にもヴェネツィアには多くの漁師がいた。マランゴーニという人のリポートによると、1784年には、「聖アンドレアのスクオーラ[組合]は、i venditori di pesce, i vallesani e i batellieriを含めて3390人を擁していた」という。…

カルロ•ゴルドーニについて

カルロ・ゴルドーニ(1707-1793)はヴェネツィア生まれの著名な喜劇作家。モデナ出身の医師であった父ジュリオと母マルゲリータ・サヴィオーニ(サルヴィオーニ)の間に生まれ、本人は中産階級ということになるのだが、父の往診につきあって様々な社会階層の人…

料理学校について

先日、近くにある農協の直売所で野菜を物色していたときのこと、エンダイブという見慣れない野菜が目に留まる。ポップには「炒め物にするかそのままサラダに」と書いてあったが、これがどういうわけか気になって仕方がない。何に使うかも決まらないままにと…

パーネについて

イタリア人の主食はパンである。パスタではない。 日本語の語彙でいうパスタ、つまりスパゲッティやらペンネやらは概ねプリーモで出されるものである。イタリア料理のコースは基本的に、 ○antipastoアンティパスト(前菜)+aperitivoアペリティーヴォ(食前…