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みずいろについて

ネット環境が悪いという話は何度か書いたと思う。SIMロックを解除しておいた携帯端末を持ってきてこちらでも携帯電話を使えるようにしてあり、アパルタメントではそのスマホのテザリング機能を介してパソコンをネットにつないでいる。しかし料金を優先して契約したWINDという会社は通信速度が遅い。LTEなどそもそも夢の話で、さらに私のアパルタメントでは3Gすら満足につながらず、ふと見るとその一世代前の規格と思しきGSM接続になっていたりする。これでははっきり言って使い物にならない。4Gという看板を出しているVodafoneに代えれば改善するのかもしれないが、役所などにもこの番号で届けていることだしもう面倒だ。どっちみちほとんど使わんし。

こちらの人はメールではなくSMS(SNSではなく、ショートメッセージサービス)をよく使う、という話を日本にいた頃に読んで不思議に思っていたが、こちらの携帯は一か月あたり通話が何分、SMSが何通、ネットが何ギガ、という契約になるので、これだとなるほどそういう使い方になるわな、と納得した。SMSなんてこちらに来て初めて使ったが、なんとも面白いことに役所からの通知もSMSで送られてくる。メールアドレスでは個人の特定が難しいからだろうかと思い当たって納得はしたが、日本人として違和感は拭えない。

大学ではネットにつなげられるという話はこのブログの最初に書いた。大学の受入手続きが整ったことで、大学構内のWi-Fiに加え、ヴェネツィア内の主要な広場などで使えるVeniceConnectedというWi-Fiも無料で利用できるようになっている。当然ながら接続方法の説明がイタリア語だったのでわずかに手間取ったが。

ただ、大学のデスクでブログを書くのもどうかと思うし、わざわざどこかの広場へ行ってカフェでカップッチーノでも飲みながら、というのも付きすぎていて気恥ずかしい。

何のためにこんな話をするかというと、ブログに写真を、というご要望に対する言い訳である。一番安い契約(€12/月)なので、写真をアップロードなんかしたら、あっという間に通信制限(1ギガ)に引っかかるのだ。

だいたい、私が撮った写真など必要ないのではないかと思う。街では毎日、高そうなカメラをぶら下げた観光客があちこちで写真を撮りまくっている。彼らはきっと自慢のカメラで撮った写真をネットに上げてくれていることだろう。街の様子が見てみたいと仰るならば、ヴェネツィアでもベネチアでもヴェニスでもベニスでもVenezia(伊)でもVenice(英)でもVenedig(独)でもVenise(仏)でもVenicia(西)でもいいので画像検索してみればいくらでも出てくるのではないかと思うのだが。

だいたい私は観光客ではないので、街へ出るのは何かしら用事があってのことである。最初の頃は生活を立ち上げるのにいっぱいで余裕がなかったし、またしばらく経ったら経ったで今度は目が慣れてしまって、立ち止まって写真でも撮ろうという気にはなかなかならない。それに撮ったところで結局うじゃうじゃ観光客が写り込んでいると興が削がれる。

だから街中で売っている絵葉書などを見ると、この写真はどうやって撮ったのだろうかと不思議に思う。昼間なのに誰一人いないリアルト橋など現実には想像もつかないのだが。

そんな私だが、街を散歩してちょこちょこ写真を撮っていた日がある。写真のデータを確認すると、5月24日の日曜日のことであった。

だいたい日曜日というのは普段にも増して人が多くなるので、基本的には外に出ないようにしている。しかしこの日はたしか、数日続いた雨が止み、久しぶりに気持ちよく晴れた日だったので買い物のために外へ出たのだったと思う。

カナル・グランデへ出てみると何やらいつもと違う騒がしさだったので何ごとかと思ったら、揃いの服を着た十数人の男達が漕ぐカッターが派手な旗を掲げながら通り過ぎ、岸辺の人たちが歓声を上げている。そういえば5月にレースがあって、出ようと思えば誰でも出られるものだとか何かで読んだな、と思い出した。今日だったのか。

日本にいた頃はどこで何の祭りがあろうとまったく興味を持たなかったが、こちらへ来て私も少し積極的になったらしい。というか、ここでは積極的にならないと生きていけないし何も身につかない。わざわざヴェネツィアまで来ておいてそれではいくら何でも、ということで無理をしている。

カナル・グランデの向こうの空があまりにも青く、其処に浮かんだ雲に現実感がなかったので、私の中で何かが振り切れたような気がした。というわけで買い物を済ませた後、レースを見物するためにカナル・グランデ沿いの人が少なそうなところを狙って散歩に出たのである。

すでにこの街の主要な部分の地理は頭に入っているし、人の流れも見当が付くようになっている。というわけで最初に向かったのはリアルトの魚市場であった。日曜日は市場が休みなのでほとんど人が近づかない。そしてこの対岸には運河に直面して貴族の屋敷だった建物が並んでいるので、そちらにも観光客がいる心配はないのである。ここは大当たりだった。私が遠慮なく艀へ出て写真を撮っているのを見て、例のごとくCanonのカメラをぶら下げた初老の紳士がやってきたので場所を譲る。

気をよくして駅の方面へ回っていく。細い水路では女性ばかりのチームの舟が何やら準備をしていた。全面的にショッキングピンクで、もう仮装と言っていいくらいの飾り付けである。どうやらこのイベントはあまり順位にこだわるものではないらしい。どこかで折り返すのか、船が進んでいく方向も一定しないし、何をどう見て楽しめばいいのか判然としない。それでも何とはなしに楽しいのだから高揚した人の気分というのは分からないものである。

人がカナル・グランデ沿いに集中しているので、運河から離れていくとさっぱり人気がなくなった。休園日のテーマパークに忍び込んだようで、街を独り占めしているような気分である。建物の合間から見上げる細長い空の青さは相変わらずで、歩を進めていくと、静かな路地の向こうに地元の人らしき親子がぽつんと佇んでいる。その姿が好ましかったのでこれも写真に収めた。

さて、こうしていくつもそれっぽい写真が撮れたのはいいのだが、改めて見てみたところで気になるのは運河の色である。綺麗に撮れたと思う写真は例の魚市場から撮った写真くらいで、そこでは対岸に立ち並んだ屋敷の色がうまい具合に水面に反射して水の色を隠してくれている、しかしこれ以外の写真を見るとどれもこれも水の緑色が濃く、それこそ興を削ぐほどにエグい。

ここへ来たとき上空から見た水の色もくすんでいたが、そのときは夕方で、しかも曇っていたせいだと思っていた。ラグーナ(潟)であるからには浅いところに水がよどんでいるのは当然で、同じ地中海でもエーゲ海のような色をこの街に期待するのはお門違いだというのは分かる。しかし、それでもやはりこのラグーナの水質は徐々に悪化しているのだという話も耳にする。実際のところ、流れの緩やかなところにある水路には大量の藻が浮かび、ゆらゆらと環境の変化を主張していたりもする。

空の青色が抜けるようであったせいで水の緑色が際立ってしまい、また一つこの街の現実を知った日曜日であった。