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悪徳の甘味について

意外なことに週明けすぐに配管工氏と管理人氏がやってきて、トイレとクーラーの水漏れを直していった。さらにもう一つ意外なことに、やってきたのは午後六時前である。この時期のヴェネツィアは九時を過ぎてもまだちょっと明るいくらいなので、活動していてもおかしくないといわれたらそれもその通りなのだが、しかし、イタリア人は五時を過ぎたら絶対に働かないものという先入観がこちらにはあった。電話がかかってきたときは不意を突かれて少々慌てたものである。何しろこっちはもう晩酌にかかっていたので。

時間外労働ではあったし、非常に作業が的確で丁寧(他人の所有する家でなければ自分でやっていたところなので、何が原因でどう直しているかは見ていれば理解できる)であったしで、ちょっとイタリア人を見直したのだが、作業後にあちこちが水浸しのままだったり、バスルームに部品が一個放置されていたりしたのを見て、この詰めの甘さはやはりイタリア人の仕事だと確認できて安心した。

クーラーを直している間、脚立の上の配管工氏に向かって管理人氏があれこれ話しかけていた。GEとかDAIKINとかいって、どうやら電器メーカーの品定めをしているようである。現地人同士の会話だからスピードが速くてまったくついて行けなかったのだが、所々の単語と話の調子で、聞いているうちにそろそろオチだな、という雰囲気は分かる。いざ話が終わってみると、管理人氏一人は自分の話で笑っているものの、配管工氏はささやかな作り笑いで応じるのみであった。

日本でイタリア語の勉強をしていたときにイタリアの笑い話(barzelletta)というものをいくつか紹介して貰ったことがある。「バルゼッレッタ」で検索すればいくらか出てくるのではないかと思うのだが、どこでどう笑ったらいいのか理解に苦しむものばかりであった。管理人氏の話が理解出来たところで私も笑えたものかどうか、推して知るべしである。

配管工氏はその後、共用の廊下の電球が切れていたのも取り替えていた。管理人氏はずっとidraulico(イドラウーリコ、イタリア語にはhがないので、それを付けるとhydro-というような語感になる)と言っていたのだが、ただの配管工ではなかったか。

さて、安心してクーラーが使えるようになったのはよいが、ヴェネツィアでは雷を伴って強い夕立が降るような天気がしばらく続いた後、また涼しくなってしまった。したがってクーラーの出番はしばらくなさそうである。どうやらひと頃の厳しい暑さは一過性のものだったようだ。

ただ、体の方はもう暑熱順化が済んでしまっているので、室温が25度台だと涼しいどころか寒く感じる。湿度が低いとこうも違うものかと思ったが、寝ているときなど、毛布を外すと気化熱で体温が奪われていくのをはっきりと感じられるくらいである。おかげで風邪を引いた。

薬局(farmaciaファルマチーア)は街中至るところにあるものの、海外には日本の風邪薬のようなものはないと聞いていたし、体調の悪いときに無駄足を踏むのは避けたい。食料に余裕があるのを確認し、何もせずに一日中寝ていることとした。喉から鼻、頭痛へと半日くらいで目まぐるしく症状が変化していったが、辛抱強く毛布にくるまっていたところ、翌日には峠を越えたようである。

食料調達に外へ出てみると、同じような目に遭っている人がちょくちょく見られるようであった。通りを歩きながらふと見ると、カウンターのところで盛大な音を立てて鼻をかんでいる店員がいる。使っているのはやはり食卓用の紙ナプキンであった。

現地の人でも対応しきれなかったのであれば仕方がないかと思いながら、とにかく床上げとなれば何か祝いをせねばなるまいと考え、チョコレートを買いに行くことにした。向かったのはVizioVirtùという、多分ものすごく有名な店である。チョコレートの表面のデザインに見覚えがあったので、日本のテレビでも紹介されていたはずだ。

昼前の中途半端な時間だったからか、入ってみると広い店内には誰もいない。しばらくするとおばちゃんが一人入ってきて、ゆったりした口調で「Buon giorno」とご挨拶。見ていると徐にカウンターの中へ入っていった。店員だったようだ。

こういうことがヴェネツィアでは(そしておそらくイタリアではどこでも)よくある。店員が店員らしい格好をしていないので、店の人だと分からないのだ。とあるタバッキへ行ったときなど、店の入口でコルネットをほおばりながら井戸端会議をしていたおばちゃんが実は店員だったということもある。このVizioVirtùの人も、品のよい格好ではあるとはいえ普段着であった。後で見ると、奥の方で作業をしている人は白の調理服にチョコレート色のエプロンをしていたのだが。

気を取り直していくつかチョコレートを見繕う。店の人は小さな箱に仕切り紙も立てずに次々と品物を放り込んでいくのだが、今さらそんなことで目くじらを立てたりはしない。ただしその箱を最終的に秤の上に置いたのを見たときにはやられたと思った。ここでも量り売りか。香辛料を使ったものなどは目方で売ったら損をすると思うのだが。

アパルタメントに帰り、最初に選んだのはティラミスのチョコレートだった。何しろ風邪で消耗したところに老舗の逸品である。口にした途端に脳が痺れるような快感が走り、まさにVizio(悪徳)というに相応しい香りが広がる。その後に食べたペペロンチーノ(唐辛子)入りのものについては買うときも口にするときも一瞬の躊躇いがあったが、やはりそこにはVirtù(美徳)の女神に頭をどやされたかのような強烈な刺激があった。

香辛料入りのものは下手物のような印象もあるが、どれも上品な味にまとまっている。香辛料貿易の一大中継地点だったヴェネツィアならではの味、ということになるのだろう。

それはそうと、最初がティラミスだったのには一応訳がある。Tiramisùという名は、
Tira 「引く」の意の命令法現在二人称
mi 「私」の意の直接補語代名詞
su 「上に」の意の前置詞
と分かれ、全体で「私を高めて」というような意味になる。栄養価が高く、食べると元気になるという意味なのだ。病み上がりにはもってこいだろう。

……というところまではどんなレシピ本にも書いてある。しかしこちらの大学の先生と食事をしていた際、ティラミスを前にしながら聞いたところによると、この菓子は本来強壮剤だったそうである。ここでいう強壮剤とは、大人の強壮剤という意味である。

Spaghetti alla puttanescaの場合は単語として誤魔化しようがないせいだろう、「娼婦風スパゲッティ」と訳され、日本のレシピ本にも「娼婦が強壮剤として食べさせた」あるいは「客引きに使った」という解説が書いてある。しかしまさかティラミスも似たような出自だったとは。この語源に関しても、ヴェネツィア発祥だということに関しても異論が存在するようではあるが、私にはもう「Tirami su!」はそういう意味にしか聞こえない。

マンジャーレとアモーレは表裏一体、美味いものがあるとそっちへ結びつけていくというのはイタリアの一つの定型なのだろうか。

街を案内されていて「ここは貴族の遊び場だったんですよ」と言われ、よくよく聞いてみたらその遊びは「大人の遊び」だったりとか、そういうネタに事欠かないのがヴェネツィアという街である。これだから金持ちの貴族ってやつは。