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相変わらず鷹揚な人々について

食べ物の話ばかりしているというご指摘をいくつか戴いた。食べ物の話以外は理解出来ないので読み飛ばしているだけなのではないかとも思ったが、子供の言うことだからまあよかろう。斜め読みであってもこれだけ冗長な文章を一通り読んだという点については褒めて然るべきだし、確かにここ数回を見返すとその傾向はある。

ヴェネツィアに来てはや二ヶ月。スーパーや市場の話題ばかりで、ブログが下宿生活日記と化しているのは何故か。数ある名所へ足を運び、あれやこれやと観てこないのは何故かと訝しむ方もおられよう。理由は大きく二つあるのだが、まずは単純に暑いからである。

日本では夏でもクーラーがほとんど必要ないほど涼しい、裏六甲の標高400メートルほどのところに住んでいる。その気候に体が慣れているので、この地の海抜0メートルの暑さはなかなかしんどい。乾燥しているのであまり重たさは感じないが、何を措いても高緯度の日差しがきついのである。現地の人が必ずといってよいほどサングラスを携帯しているのは別に格好を付けているのではないのだ。

逆に建物の内部は常に薄暗い。建物が古いせいもあるのだろうが、どうもイタリア人はあまり明るい照明を好まないようである。例えば、私のアパルタメントの天井にあるのは40W程度と思しい電灯が五つだけ。それだけではさすがに足りないと判断したのか、もう一つ別の電灯が置かれてはいるが、それすらたったの100Wである。すべて点けても光が柔らかすぎて物足りない。ただし今はもう慣れたのでほぼ天井のものだけで済ませている。

瞳の色の薄い人は強い光が苦手だとも聞くが、それもあるのだろうか。教会などでは広くて薄暗い空間に蝋燭の明かりだけが揺らいでいたりするが、それは伝統であり、また演出というものだから理解出来る。しかし、私の部屋のあるpalazzo(パラッツォ、英語ではpalaceに相当する言葉だが、ビルなどの建物も指す)は、入口の足下に1999と銘されているので、ヴェネツィア基準でいうとごく最近内部が改装されているのである。このように新しい設えの住居ですら何かと薄暗いのだが、果たしてこれは文化の違いというだけで説明できるものだろうか。新しいものが嫌いだから蛍光灯やLEDの白色光がきつくて受け入れられない、という話は分からんでもないが。

街のショーウィンドウや大学の図書館はそれなりに近代的な明るさとなっている。ちなみにヴェネツィア大学は正式にはUniversità Ca' Foscari Veneziaという。日本語ではヴェネツィア・カ・フォスカリ大学と表記すればいいようだが、このフォスカリというのはこの地にあった貴族の名前である。ヤマザキマリ氏がこの家の末裔を主人公としたマンガを描いていると思うのだが、とにかくこの大学の敷地や建物は何かしらヴェネツィアの貴族に関係のあるものばかりなのだそうで、どれもとんでもなく古く、歴史的価値のありそうなものばかりである。カナル・グランデに面した本部の建物などは庭園も美しい。

とはいえ、内部はそれなりに改装されており、私の受入先となっているアジア・アフリカ学科の建物にはエレベーターだってある。ただ、とても狭苦しく、故障しているのではないかと思うくらい遅い。また、やたらと天井が高いので効率は悪いものの、一応クーラーも付いている。歴史的価値の高い建物はいじりづらいと言っていたはずだが、意外にも思い切った手が入っているようだ。

原則をすぐに忘れるのがイタリアである。彼らの言うことを真に受けてはいけない。

学科の建物にはオフィスと教員の研究室、日本語・中国語の書籍を中心とした図書室がある。主に授業が行われるのは別の建物で、そちらはヴェネツィアにあっては少々違和感のある、普通の大学っぽい大きな建物である。

私は語学留学に来ているわけではなく、説明しづらい話なのだが日本文学の研究員としてイタリアに来ているので、大学の授業とはまったく関わりがない。大学も休みに入って人がほとんど居ないということもあり、あまりイタリア人と関わる機会がないので会話力も一向に伸びないのだが、一年間の滞在であれもこれもと望むのは無理な話だろう。とりあえず与えられた使命を全うするのが最優先なので図書館に通い詰めているわけだが、私が通う人文系の図書館もこの大きな建物の一部にある。BAUMという略称のこの図書館は、明るいしクーラーは効いているしで非常に過ごしやすい。ついでにいうと入口カウンターの女性職員の中にモデル並みの美人がいる。さすがイタリアである。

一つ不思議なのは、この図書館が地上二階、地下二階という構造になっていることだ。一体どうやってヴェネツィアに地下室を作ったのだろう。潟を掘るのは相当面倒な工程になると思うのだけれども。私に必要なプリニウス関連の書籍はほとんど地下二階にあるのでいつも最下層まで下りていくのだが、この周りは海なのではないかと思うと不思議な感じがする。

もう一つ不思議なのは、この地下二階に蚊が出ることである。トイレがあるのでそこの水場の周辺に巣くっているものと考えられるが、地下二階の書庫にまでトイレが必要なのかという点もまた疑問だ。階段の付け方が下手くそで、一階から二階へ上がる階段、一階から地下一階へ下りる階段、そして地下一階から地下二階へ下りる階段がすべて別になっているということも含め、イタリア人の設計思想というのは理解しがたい。

イタリアの蚊は何となくひ弱である。日本のもののようなしつこさがなく、ちょっと追い払うとすぐにどっかへ行ってしまうし、喰われてもあまり痒くないような気がする。だからなのだろうか、イタリアには網戸というものがないにもかかわらず、昼間は大概の家で窓を開け放しており、部屋に蚊が入ってくるのをあまり気にしていないようである。

蚊取線香は見慣れた形の渦巻き香も含めて様々なものが売られているが、大して効き目がないとかいう話で、ほとんど頼りにされていない。こちらの人は肌を露出するような格好をすることが少ないからいいのだろうが、しかし観光客の中には足一面を蚊に食われているような人も見受けられた。いろんな意味で見ている方が痛々しくなるような足であったが、それでもその足を見せて外を歩いていたのだから見上げたものである。

イタリアのカフェ、バール、リストランテなどは路上に席を設けているところが非常に多い。狭いバールなどでは店内で酒を受けとったら外へ出るのが当たり前になっている。広い運河に面した店ならば外で立っていても岸に腰掛けていても至極快適(席に座ると高くつく)だが、路地裏のバールでは外で飲んでいたら蚊が鬱陶しくて仕方ない。と私は思うのだが、周りを見るとやはり皆気にしている様子はない。

このように街全体としては蚊に対して鷹揚に構えているのだが、私は基本的にアパルタメントの窓を締め切っている。窓が細い路地に面しているのと、一階がリストランテであって水気が多いせいだろう、開けているとすぐに蚊が入ってくるのである。昼間は何かと料理の匂いが入ってきて邪魔になるというのもある。

だからこれからの季節はクーラーに頼るほかはないのだが、そのクーラーが今朝から動かなくなっている。話題を提供してやろうというその心遣いはありがたいが、土日にかかると物事が動かないので、月曜日まではなんとかこのままこらえなければいけない。もうヴェネツィアもかなり暑くなってきたのだが。

大きく二つある、と書いた理由の一つしか説明していないが、それはまたクーラーが動くようになってからということで。