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パドヴァ大学について

こちらに来てから変わったことがもう一つあって、どうも私は少し感傷的になったような気がする。何度も書いたとおり、ここのところずっと読んでいる家主の本にはこの街に伝えられる民話が集録されているのだけれども、ボッコロの由来についての話など、美しい貴族の娘と吟遊詩人、そして娘の父親である厳格なヴェネツィア貴族、と登場人物が揃ったところで、もうその先どうなるかがすべて見通せるような、いかにも単純なお話である。どう考えたって作り話なのだが、そんな約束どおりの話でも結末のところまで読み進めていくと、何となく胸に迫ってくるものがあった。

ピピンの侵攻を撃退した809年の非常に有名な戦いの場面についてもまた、何もかもすでに日本で読んで知っているのだが、それでも、ラグーナのことを知らないフランク族の大きな船が次々に浅瀬で座礁し、そこへヴェネツィア人たちが襲いかかってきて一方的に――家主の言葉によると「虐殺」レベルで――やっつけられるところでは、やはり胸がすくような感覚があった。ちなみにここにピピンを欺いて陥れる老婆についての話があって、これがまた型どおりでありながら面白いのだが、これは聞いたことがあったようななかったような。

これらの感傷について芹男氏ならばすべてこの街のせいにするのであろう、確かに現場にいるというのは大きいのだけれども、しかし私の場合、ただ物語に飢えているというだけのことではないかとも思う。

日本にいた頃も毎日のように何かしら読んでいたわけだが、消費のスピードが速いせいで知らぬ間に感覚が鈍麻していたのではないだろうか。こちらでは読むものが限られてくるし、何を読むにも日本語の倍以上に時間がかかる。また、右も左も分からない環境と限られた期間のなかで何かしらの研究成果をあげなければいけないということもあり、普段は味気ない論文をちまちま読んでいる時間の方が多い。物語を読むというのは今の私にとって非常に贅沢なことなのである。

それでも一応研究者くずれであるからして、自分の研究がいくらか形を成してくればそれはそれで面白い。先日はそのためにパドヴァへ赴いた。

気に掛かっていた論文がパドヴァ大学の図書館に行かないと見られないということで、この街へ来るのももうこれで三度目である。初めて来たときに大学の場所は教えてもらっていたので迷うことなく近辺まではたどり着いたのだが、図書館の入口が分からない。

イタリアに「キャンパス」という概念はない、と最初のときに案内して下さった先生が仰っていたのだが、こちらの大学の施設というのはおおむね街中のあちこちに点在している。街自体が何百年もの歴史のなかですでに動かしがたくできあがっているところへ新たに大学を作ったから、ということになるのか。パドヴァ大学は世界で二番目に古い大学(ちなみに一番はボローニャ大学)なのであるが、それでも街の歴史の方が遙かに勝っているのだ。

したがって、知らなければどれが大学の建物なのか区別が付かない。巨大な門があるのでとりあえずそこをくぐると道の左側にはそれらしい建物が連なっているのではあるが、反対側は見るからに普通の住居である。しばらくうろうろしてから一番大きいと見られた建物に入り、受付があったので図書館の場所を尋ねると、同じ建物の三階にあるという。

ここからは早かった。図書館の受付で、カ・フォスカリの研究員なのですが入れますか、と聞いたら、もちろんと歓迎されたうえ、本を見つけ出して論文をコピーするところまで全部向こうでやってくれたのである。書架の間を彷徨することを覚悟、というか楽しみにしていたのに、十分もかからずに用事が終わってしまった。コピーの代金も必要ないという。

日本でもそうだが、図書館というものは利用する際に茶代すら払うことがないので、司書の方々にいろいろとやってもらうのはなんだか気が引けるものである。それでもやむを得ずに何かしら頼むとみんな常に嬉々として応対してくれるような気がするのだが、向こうとしては自分の知識を生かす機会を狙っているものなのだろうか。イタリアでは金を払っても突っ慳貪な対応をされることも多いだけに、こうも親切にされると恐縮してしまう。

用が済んだのに図書館に留まるのもどうかと思ったので、内部を見て回るのはまたの機会にして街を散歩する。スクロヴェーニ礼拝堂のところの公園でのんびりしている人が居たので、私もそれに混じって木陰で論文を読みながらしばらく時間をつぶし、またたいして用事もないのに聖アントニオ聖堂へも行ってみた。三時前だったのだが、やはりお勤めの時間でなければチェックはそう厳しくない。係員はずっとスマホを見ていてこちらを一瞥しただけだったし、それどころか帰りに見たときには席を外していた。

例の売店の方へも回って何か土産になりそうなものはないかと物色するが、どうも異教徒へのお土産として面白いものはなさそうである。パドヴァへは神戸から大阪へ行くくらいの手間であるから、リクエストがあれば何か買って帰るので個別にご注文を。

その後はパドヴァ大学の象徴ともいえる建物、Palazzo Bo(ボー宮殿とでもいうのか)へ。図書館や講義棟などの集中するメインの区画からはちょっと離れているが、逆に街の中心部には近い。主に卒業式などで使われる施設だそうで、内部をきっちり見て回るには予約が必要である。そしてまたここにはHerena Lucretia(イタリア語はhを発音しないので、エレーナ・ルクレティア)という女性の像がある。世界で二番目に古いこのパドヴァ大学で、世界で初めて大学を卒業した女性だそうな。

ここにも売店があってエレーナのグッズなんかも売っているのだが、たとえば、彼女を見習って頑張ってお勉強しましょうね、というお土産をあげて素直に喜ぶ子供というのはそうそういるものではない。とはいえ一人だけ心当たりがあるので、ここではいくつか土産になりそうなものを見繕って購入しておいた。

その後はこれまたお馴染みのパッラーディオの建築で、ヴィチェンツァのBasilica Palladiana(パッラーディオの公会堂)と同じように船底をひっくり返したような屋根を持つPalazzo della Ragione(ラジョーネ館)、そしてカフェ・ペドロッキの写真を撮ったりしながら街をうろうろする。ペドロッキはスタンダールが絶賛したとか二階が何やら美術館だか博物館だかになっているとかいう話をこちらの方から伺っていたが、何にしても高そうなので店内には入らず。この日は観光で来ていたわけではないし、いつでも来られる距離なのでその辺はがっつく必要もない。

そんな感じで、特に何か面白いことが起きるということもなく、ただ散歩して帰ってきただけの一日だった。ヴェネツィアと違って街が広いせいなのか、人との距離があるし、毎日ヴェネツィアの街を見ているせいでヨーロッパの街並みに対するエクゾティシズムもすでに摩滅しているから、気分は大阪を歩いているのと大差がない。最初に来たときにラジョーネ館にある市場の肉屋に目を付けていたのだが、この日は時間帯が悪かったのか、それともそもそも市場の開かない日だったのか、入口からして閉まっていたので、買い物も碌に出来ずにしまった。

とはいえ、この日手に入れた資料は重要なものだった。研究の話を書いても誰も興味がないだろうから詳しいことは省くが、そっちはほぼ方が付いたという形勢である。パドヴァ大学の司書の方々には深く感謝せねばなるまい。ここで書いたって届きゃしないが。