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ステータスシンボルについて

さて例のペルメッソ受領の日のこと、まずはリアルトの桟橋でマ氏と待ち合わせ、ヴァポレットでトロンケットへ向かった。ここはヴェネツィアにあっても普通の観光客はまず行くことのない場所である。私も滞在半年にして初めて足を踏み入れた。

ここには駐車場と大型客船の船着き場しかない。つまりヴェネツィアの住民か、あるいはクルーズ船に乗ってやって来るような観光客しか用のない場所なのだ。駐車場は一時利用も可能であるが、一日目に€30弱、その後24時間毎に€21が加算されるので、この駐車場を利用することのできる人もまた普通の観光客ではない。ちなみに住人であれば€100/月だそうな。

ここで思いがけず懐かしいエンブレムを見ることになった。トロンケットの乗降場の向かいに客船CRYSTAL SERENITYが停泊していたのである。この船を運航しているクリスタル・クルーズ社はちょっと前まで日本郵船の子会社であったのだが、父親が日本郵船に勤めていた関係で、クリスタル・クルーズ社の最初の豪華客船クリスタル・ハーモニー(今は郵船クルーズが買い取って「飛鳥II」と改名)がお披露目で神戸港に寄港した際、内部の見学に行ったことがある。

あれはバブルの終わりの頃だったか。このとき確か、世界一周で千八百万円、という部屋を覗いた覚えがある。客船としてはそう大きなものではないし、おそらくもっと高い船もあるのだろうけれど、何にしても私に乗る機会があるとは今になっても思えない。それはそれとして、この会社の船に掲げられているタツノオトシゴが向かい合ったエンブレムは紋章化の具合がスマートで、その透明感のある緑色と相俟っていつ見ても優雅である。

船というのはなぜどれもこれも美しいのだろう。技術的には水や空気の抵抗を考えているうちに自然と今の形に収斂されていったということなのだろうが、あの曲線の美しさというのは人類が作ったものの中でいちばん魅惑的なのではないか。クリスタル・セレニティの場合は客船であるから船としてはどちらかというとふくよかなのであるが、客室部分に入れられた逆台形のラインによって視覚的な重たさが舳と艫に集中させられることになり、それが全体のスタイルを引き締めている。ホンダの車の無駄なキャラクターラインとはえらい違いで、考え抜かれたデザインだと感心した。思い出すだけで身震いするほどに美しい船である。

Nave, Bàrca, Góndola, Peàta, Caorlìna, Mascaréta, Bissóna, また某有名マンガでも見たことのあるGalèraガレーラと、各種の船を表す名詞の大半が女性名詞であるように、船というものが古来より女性に準えられるのも故無しとしない。日本に帰ったら船舶免許を取りに行こうかと真剣に考えている今日この頃。

ちなみにヴェネツイアの市中では稀に「NO GRANDI NAVI(大型船は出て行け!)」という横断幕や、それに類した落書きを見ることがある。大型客船がヴェネツィアに寄港する際に立てる波は殊の外強く、主に古い建物がダメージを受けるという理由でクルーズ船の寄港に反対している人たちがあるのだそうな。実際はただの僻みだと思うが。私の先遣者はこの運動について社会学的に研究していたそうで、その縁でいうとクルーズ船は敵だと言えないこともないのだが、個人的には悪であろうと何であろうと美しいものの味方である。クリスタル・セレニティに出逢ったときにそう決めた。

その後のクェストゥーラでの用事があっという間に終わったことは前回書いたが、用が済んだ後はマ氏の用事で近くのLEROY MERLINというフランス系のホームセンターに行ったり、パノラマというショッピングモールを巡ったりした。マ氏によるとパノラマはそこそこ名の知れたブランドの店ばかりが入っているのでちょっと価格帯も高めで気に入らない、とのことである。ホームセンターの近辺にあるNave de Vero(これはヴェネト語で、標準イタリア語ではdi vetroの意味だと言っていたような気がするが自信はない)の方が安くていい、とのことだった。

ヴェネツィアーニは黒を好み、総じて地味であるとは先日も書いたが、彼らは本当に始末屋である。マ氏が空軍大佐であったことについてもまた以前述べたと思うが、七十歳を超えた今も航空学校の教官をしているそうな。共同経営とはいえリアルト橋のすぐ側のパラッツォを所有していることからも金銭的に余裕があることは確実なのだが、しかし彼の車はフィアットのクロマである。実用一辺倒の飾り気のないものであった。ちなみに後席にはチャイルドシートがついている。

途中で休憩してコーヒーを飲んだ後のこと。乗り込む前に私がつらつらと車を眺めていたところ、右前のフェンダーについた傷に注目していると勘違いしたらしく、それはgenero娘婿がやったのだと言う。自分の運転が下手だと思われるのはやはりイタリア人として許せないようだ。そういえば最初に書くのを忘れていたが、彼の車は当然マニュアルシフトである。そして当然のように飛ばす。ヴェネツィアと本土とをつなぐリベルタ橋では110km/h以上のスピードを出していた。

車は娘夫婦と共用なのだという話の流れで船も持っているという話を聞いたのだが、車に関しては、六歳になる孫娘から「じいちゃんの車は何色? うちの車は灰色なんだよ。」と聞かれたことがあったそうな。いやそれはオレの車なんだ、と言い返すわけにもいかずに答えに窮した、といってマ氏は大笑いしていた。それはそうと、話に集中する度にハンドルから両手を離して手振りを交えたり、話の間ずっと低速運転を続けて後続車に迷惑をかけたりするのはやめて欲しい。久しぶりに『ヘタリア』の一場面を思い出した。ともあれ、ヴェネツィアーニが倹約家であるという以前に、今の時代に結婚して子供がいれば経済的に何かと思うようにならないこともあるだろうと、娘夫婦にも些か同情の余地はある。

最近、とある方にヴェネツィアーニの服の趣味について伺ったところ、ヴェネツィア人は服装や物(例えば時計や車やボート)でステータスを表すということはしない、ベルルスコーニみたいな派手な格好は南部の成り上がり者がするものだという意識がある、とのことだった。イタリア南北の人間性の違いや対立についてはちょくちょく聞く話ではあるが、ただ、ヴェネツィアに限って考えてみるとやはりカルネヴァーレに思いが至る。

よく言われることだが、マスケラ(マスク)を身につけてマントを身に纏い、一個の怪物となるというのは、自分の社会的なアイデンティティを消すということである。ヴェネツィアーニが年がら年中黒子のような服装をしているのはそれに通じるところがあるのではないだろうか。これもおそらく塩野氏の本に教えられた話のような気がするが、ヴェネツィアはイタリアの中でも例外的に狭い街であり、どこを歩いていてもすぐに知り合いに会う生活というのは結束の強い共同体をつくり出すのに寄与する一方、他人との距離が近すぎて時に息の詰まるものでもある。

濃密な人間関係から離れ、暫し息を抜かんとして影と化す、というとしかし綺麗事に過ぎる。社会が狭いと、ちょっと目立つものを身につけていただけであれやこれやと噂の種になるようなこともあるのではないか、と日本人としては考えてしまう。

余所者としてはいちいち舞台裏のことを詮索する必要もないのではあるが、だからといって観光客のように舞台上で役者に徹するというふうにもいかない。どこで生きていても人間というのは厄介なものである。