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リアルト市場での暴走について

市場で事件があったとかいう話ではないので勘違いしないで戴きたい。暴走したのは私である。

縁あってこちらで知り合いとなった日本人の先生方には普段からいろいろとお世話になっており、また、イベントがあると一緒になって繰り出したりするということについてはこれまでにも何度か書いている。

その交流のシンボルとなっているイベントに、「うち飲み」と題された食事会がある。字面のままのイベントで、ヴェネツィアで外食すると高くつくので(と言いながらちょくちょく行ってはいるが)それぞれの先生方のお宅へ集まってひたすら酒を飲もうというものであり、これまで、第一回「ヴェネツィアの食材で作る和食」、第二回「オーガニックピッツァ」、第三回「大阪・名古屋の居酒屋」というテーマで行われてきた。

最近ヴェネツィア料理の勉強に無駄な力が入っているとは先日も書いたが、それはこの食事会に関したものだったのである。上から順に降りてきて、第四回の企画・製作が私に託されたのであった。私のアパルタメントにはそんなに人が入らないので、会場はまた別の先生のお宅をお借りするという寸法である。

日本での私を知る人の中には驚いた方もあるのではないか。何しろ実家暮らしということもあって、私は数年前までまったく料理ができなかったのである。ここでの自炊のためにイタリア料理の勉強をしていたことをすでにご存じの方々もあり、日本を発つ前に堺の包丁(例のTagliazucca)を贈って戴いたということはあるが、しかし学生時代には考えられないことではなかったか。

もう十年近くも前、大学の研究室で鍋が行われた際のこと。買い出し等では私もテキパキ動いていたのだが、調理が始まったらもう何も出来ないので、ただじっと座っていることしかできなかった。それを見た後輩に「何もしない空男さんを初めて見た」と言われたくらいである。「何も出来ない」と言わなかったのがこの後輩の優しさであるが、それはそれとして、これまで役に立たない能力は山ほど身につけてきたというのに、料理だけはすっぽり抜け落ちていたのだった。しかし、日本でこちらに来る準備をしていた一年の間にはもう、ピッツァを生地から作ったり、ニョッキを作ったりなどとしていたのだから、人間幾つになっても変わろうと思えば変わるものである。

これまでの「うち飲み」担当の先生はそれぞれご自分の得意分野で料理をなさっており、上述のように日本を思わせるテーマも見られるのだが、私は今書いたとおり、ここでの自炊のために料理を学び始めたのでイタリア料理しか出来ない。真正面から突っ込むしかなかろうということで、第四回のテーマは「La cucina vaneziana」とした。芹男氏がお聞きになったら、悪い冗談だ、と仰ることであろう。

冗談は本気でやれ、というのが私の人生のモットーである。逆にいうと、ふざけたことにしか力が入らないということになるが、私の人生が失敗続きであるのはこの辺に原因があるのかも知れない。ともあれ、イタリア語の勉強と称してこれまで読み漁った料理の本の中から、ヴェネツィアの歴史や文化にかかわる蘊蓄がある料理ばかりを選び出してメニューを構成し、料理毎にいちいち解説を加えるという鬱陶しい食事会を企画した。資料はイタリア語と日本語の対訳としたので、最終的にA4で14ページに上る。我ながらよくやったものだと思う。ちなみに、当日のリアルト市場での仕入れの都合や、他のメニューとのバランスの問題からボツとなったメニューがこれとは別に5ページ分ある。メニューは以下のようなものとなった。

APERITIVO
 Mimosa
 オレンジとプロセッコのカクテル。ヴェネツィアのカクテルといえばBelliniであるが、これは夏のカクテルで、実はRossini(春、イチゴ)Bellini(夏、白桃)Tiziano(秋、アメリカブドウ)Mimosa(冬、オレンジ)と、季節に応じたカクテルがそれぞれにある。作り方はすべて、砂糖で味を調整した果汁三分の一にプロセッコ三分の二をゆっくり注ぐだけ。

ANTIPASTI
 Bacalà mantecato
 バッカラのクロスティーニ
 Capesante ai feri
 マリネしたホタテ貝に薄切りのパンチェッタを巻き、セージの葉と交互に串に通してグリルしたもの。カペ・サンテというのはサン・ジャコモ(聖ヤコブ)貝のヴェネツィアにおける呼び名。
 ...ed altri cicheti
 その他いろいろ

PRIMI
 Risi e bisi
 エンドウ豆のリゾットというか、リゾットにしては汁気が多いので、これがリゾットなのかミネストローネなのかということについては議論があるようだ。そういうことを真剣に論じることの出来る人たちを羨ましく思う。4月25日の聖マルコの祭日には、この料理がドージェの食卓に供されるというのがヴェネツィア共和国での慣習であった。本来は春の季節の料理であるが、ヴェネツィアのスーパーには季節を問わず、どんな小さい店にも必ず冷凍のエンドウ豆が置いてある。それほどに人気のある料理なのだろう。
 Spaghetti alla busara
 スカンピのスパゲッティ

SECONDI
 Garusoli lessi
 アクキ貝の塩茹で。この貝から採れる赤紫色の染料は貴重なもので、テュロスで作られていたこの紫染料を取り扱うことでヴェネツィアは大もうけしていた。洋の東西を問わず紫色というのは権力と経済力を誇示するものであったわけで、もちろんヴェネツィア共和国の旗はこの染料で染められていたのである。今回出せなかったMoeche fritteもそうだが、この料理はアンティパストとして出されることもある。
 Filetti di San Pietro con zucchini
 マトウダイのバター焼き。サン・ピエトロは使徒ペテロのこと。
 (Sgroppino)
 レモンジェラートに生クリームとプロセッコとウォッカを混ぜたもの。今では食後のドルチェとされているが、本来はヴェネツィア貴族の食卓において、魚料理と肉料理の間の口直しとして考案されたと伝わる。その本来の形式で出してみた。
 Carpaccio di cavallo
 馬肉のカルパッチョ、ヴェネツィア風。有名な話だが、カルパッチョはヴェネツィアのハリーズ・バーという店で考案された料理である。何故牛肉ではなくて馬肉なのかは後述。
 Coniglio con carciofi
 兎肉とカルチョーフィの煮込み、レモン風味。この辺の特産だというカストラウーレという名の小さくて柔らかいカルチョーフィを使用。

CONTORNO
 Verze sofegae
 サボイキャベツ。時間と調理器具のやり繰りの都合で実際には出せず。人の家で料理をするというのは難しいものである。

DOLCE
 Tiramisù
 ティラミス。これは私の手によるものではなく、メンバーの中のとある学生に作ってきてもらった。このドルチェについては来たばかりの頃に一度書いたことがある。

これだけ見せられても何のことやら今ひとつ分からないだろうが、詳しく解説をしていたらいくら紙幅があっても足りないので省略。興味のある方がもしいらしたら資料をお送りする。資料にはすべてレシピを付してある。

それにしても、ヴェネツィアまでやって来て兎を解体することになろうとは夢にも思わなかった。スーパーでは切り分けたものをパックにして売っているが、それでは面白くないので、リアルトの肉屋で丸ごとそのまんまの姿で売っているものを自分で捌いたのである。一回目の練習ではやはり上手く出来ず、その後YouTubeで兎の解体動画を繰り返し見て勉強したところ、二回目にはそこそこの形になった。こういうものは体の構造を立体的に把握出来てからでないと上手くいかない。

ヴェネツィアはそもそも大きな動物の肉が手に入らない島であった。ヴェネト州全体を見ればアルプスに近いところでサラミやプロシュット(ハム)を作っていたりするのだが、しかしイタリア人に聞いたところ、ヴェネト州で肉といえば基本的には馬肉なのだということである。実際リアルト市場にはショーウィンドウに馬の絵が描かれた馬肉専門店があり、今回のカルパッチョはそこで仕入れた。そうは言っても結局のところ馬というのは後背地のものであり、これも基本的にはサラミにするものだそうな。というわけでこの島には大型家畜、つまり牛肉や豚肉を使った郷土料理というのがなかなかない。ここのリストランテでメニューに載っている肉料理は大概ミラネーゼとかフィオレンティーナである。

ヴェネツィア料理といっても、昔ながらの郷土料理と、ハリーズ・バー風の都会的料理の二つの流れがあって、例えばヴェネツィアの肉料理といえば牛肉のカルパッチョが最も有名ではあるものの(あとはfegatoレバーくらいか)、これは当然後者である。古くから伝わるというヴェネツィアの肉料理では、ラグーナ周辺で捕まえたり、この狭い島々でも家禽とすることの出来たカモ、アヒル、ホロホロ鳥や兎などの小動物を使ったものが多いのだ。

それにしても、私の風貌はこちらでは目立つのだろうか、すぐに顔を覚えられ、前を通る度に何か買っていけと声を掛けられるようになった店がメルカート内に数軒出来てしまって、最近は歩きにくいことこの上ない。何せここの店はどこも結構押しが強いのだ。青果市場の方には何か買うと必ずイタリアンパセリをおまけに付けてくれる店なんてのもある(訂正:ほぼ毎回買うので勘違いしていたが、これはカストラウーレを買ったときのみだった。一緒にしておくと長持ちしたりするのだろうか)のだが、常連客の獲得に必死なのだろう。前にも書いたが、ここはヴェネツィアの名所でありながら観光客からの収入があまり期待できない。観光客向けに、その場でホタテやエビにレモンを搾って食べられるようにしてある店もあるにはあるが、そこはいつも何となく活気がない。

ここの店の人々にはやはりヴェネツィアーノが多いのか、ここでまた一つ新しいヴェネツィア方言を覚えた。「Grazie.」というのは通常「グラツィエ」と発音するのだが、とある店のおっちゃんが「グラッシェ」と言っていたのである。その後、街中でおばあちゃんが「Graxie amore! グラッシェ、アモーレ!」と挨拶していたのも耳にした。

だいぶ前にスーパーの肉売り場で、「そのハモンセラーノをドシェントおくれ!ドシェントよドシェント!」とまくし立てているおばちゃんも見たが、「シェント」というのはおそらく「centoチェント、100」のヴェネト語での発音で、敢えて表記すれば「xento」となるのだろうか。どうも日本語でいうところのタ行がサ行に転訛するようである。同じ要領で、「ヴェネツィア」というのも実は標準イタリア語風の発音であって、ヴェネト語では「Venexiaヴェネシャ」が正しい。

ちなみに「ドシェント」の「doド」というのは「dueドゥエ、2」である。リアルトには観光地としても有名な「Do Mori」というオステリアがあるが、これはサン・マルコ広場にある「二人の鐘撞き」の像のことだ。話がややこしくなるが、「moro(単数形)」は本来モーリタニア人を指し、そこから転じてアフリカ系のイスラム教徒を指すようになった言葉である。しかし、何故彼らがここで鐘撞きとなっているのかは知らない。ヴェネツィアのすべてを知るには一年ではとても足りない。

あれこれこの街で学んだ上で、ヴェネト語の辞典に「leoneレオーネ、獅子」がヴェネト語では「lionリオン」になると書いてあったのを見て、ああやっぱり、と思ったのだが、ヴェネト語というのは何となくどれもフランス語の発音に近くなっているような気がする。同じロマンス語の系統として、ヴェネト語がフランス語に似通っていても何ら不思議はないのだが。