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香気と冷気について

新鮮なハーブが手に入ったのでハーブティーを手作りしてみました。今回はtimoタイム、salviaセージ、rosmarinoローズマリーのブレンドで、これらのerbe aromatiche(ハーブ)はもちろんリアルト市場で買ったものです。お湯を注いだ瞬間からお部屋がステキな香りでいっぱいになって、とってもリラックスできます。

自分で書いておきながら寒気がする。確認しておくが、私は四十に手が届こうというオッサンである。完全に道を間違えているような気がするが、もう考えても仕方がないような気もしてきた。ともあれ何故こんなことになったのか、順を追って説明しよう。

芹男氏来訪中のとある一日、リアルト市場で仕入れた食材で料理がしたいという氏のたっての御希望で朝から市場へ繰り出した。リアルト市場は昼過ぎにはどこも閉まってしまうので、朝から買い物をして昼食を作ろうという算段で、調理を行うのはもちろん市場のすぐ傍にある私のアパルタメントである。

日本にいた頃も折に触れて二人で珍道中を繰り広げていたので、基本的にやっていることは普段と変わらない。日本であれば、芹男氏が目を輝かせてあれやこれやと買い物をするのに黙ってついて行き、荷物を持つだけで済むのだが、しかしこの地ではいいモノを扱っている店への案内やら通訳やらをしなければならない。

ところが、すべて私に任せてくれればいいものを、芹男氏はご自分でイタリア語を話そうとなさる。せっかく店の人がsfilettare(魚をおろす、市場へ通うためには重要な動詞である)して欲しいか、と訊ねてくれて私が肯定したのに、横から余計なことを言ってそのままになったりなど、私が市場に通い出した頃と同じような失敗をなぞっていったのだった。まあ、氏の腕があればちょっと手間が増えただけのことで済むのであるが。

氏も完全に暴走モードに入り、まず最初の店ではシャコ1kg、ジャコウダコ四匹、ホウボウ一尾、シタビラメ一尾、アサリ一袋。青果店の方ではインゲン一つかみ、ズッキーニ四つ、ブロッコリー二つ、ラディッキオ・トレヴィーゾ二つ、レモン二つ、カストラウーレ五つ(とそれに付随する大量のイタリアンパセリ)、ルーコラ一つかみ、オレンジ四つ。そして肉屋で馬肉のカルパッチョを200gと購入。ここまでで締めて€60程度である。しかしこれだけのものがあると、この金額が高いのか安いのか判断のしようがない。シャコがでかい上に安い、と仰って芹男氏は興奮していらしたが。

そして問題のハーブである。リアルト市場で常時ハーブを扱っている店は、私の知る限りでは三箇所ある。どちらかというと広場から遠い方、露天ではなく建物の一階に入っている店が一番よい店なのだが、今回は肉屋を出たところでその話になったので、すぐ目の前にある方の店へ行く。モノがいいかは別として、おっちゃんはいい感じであった。そこでタイム、セージ、ローズマリーを一束ずつ、と手に入れたのである。

一回の料理では使い切れなかったそれらが現在、ハーブティーとして私の手元にあるわけだ。どこの店でも€2/一束で、その単位でしか買えないので仕方ない。かなり前に買ったpeperonciniトウガラシもやはり€2で、一年程度では使い切れない量が手に入る。こういったものが枝のままテーブルの上に飾られているのをたまに見かけるので私もその真似をしてハーブを飾ってみたところ、部屋が無駄にオシャレになってしまった。もう到底男の一人暮らしの部屋には見えない。どうしてくれよう。

さて、芹男氏がこれらの食材をどのように料ったかについてであるが、これは当然、氏のブログにお任せする。氏が私のアパルタメントで好き放題やっている間、私は語学学校へ行っており、ほとんど出来上がったものしか見ていないのだ。よって私の出番は片付けのみとなった。

家事の中で私が一番最初に完璧に身に付けたのは掃除、後片付けである。以前書いたように、実家暮らしが長くて料理が後回しになった所為で自然にそうなったのだと思っていたのだが、しかしこの日、私がこのように育ったのは芹男氏を初めとする大学の先輩たちに因るところも多分にあったのではないかと考え直した。思い出してみると、大学時代はやたらと共同研究室の掃除をしていたような気がする。

パラッツォ・ドゥカーレの呪いだとはこの時点で思いもしなかったが、この日すでに芹男氏の体調は下降気味であり、私が片付けに入ったらすぐに寝入ってしまわれた。これはこれで好都合である。かなり昔のことだが、やはり昼間からあちこち駆け回った後、飲みに行くにはまだ早いから大学の研究室でちょっとコーヒーを飲んでいきたい、と芹男氏が仰ったことがあった。ところがコーヒーを飲んでいる時間より準備や後片付けの時間の方が遙かに長く、私が念入りに機材やカップを拭いている間、ずっと待ちきれない様子でいらした、ということがあったのである。もちろん気付かないふりをして完璧に片付けたが。

そんなことを振り返りながら、心置きなく私のcucinaキッチンを取り戻す作業に没頭した。都合二時間以上かかっただろうか。なにしろワンルームの部屋の流しというのは小さいもので、やたらと作業効率が悪いのである。ちなみにコンロの方は四連の大きなものが備えられており、日本人には何かバランスがおかしいようにも見えるのだが、イタリア料理というものは同時並行であれこれやらなければいけないものなのでこれはこれで正しい。イタリア人がずぼらでちゃらんぽらんだから後片付けの効率性というものをまったく考えていないわけでは断じてなく、物事の優先順位が違うだけのことである。異文化を理解するというのはそういうことだ。そういうことにしておこう。

5時には起きると仰ったがお疲れの様子なのでそのまま寝ていてもらい、7時頃にはいい頃合いだとみて近くのCaffè del Dogèでエスプレッソを飲んで目を覚ましてから、これも繰り返し御希望であったbacaro(ヴェネツィア方言で居酒屋を指す)巡りへ。ベタな観光客向けコースだったのではあるが、しかし有名店が有名店であるのにはそれなりに理由があるものだと勉強になった。ヴェネツィアのバーカロにはそれぞれに趣向を凝らしたチケーティがあるのだが、Do Moriのfondi di carciofo(カルチョーフィの太い部分を輪切りにしてブイヨンで煮込んだもの)やDo Spadeのfioli di zucca ripieni di baccalà(カボチャの花にバッカラを詰めて衣を付け、揚げたもの。この料理法はシチリアに起源があると語学学校の先生に教えられた)は確かに美味しい。

ちなみにDo Spadeにはカ・フォスカリの日本語学科で学んだという店員がいて日本語が通じる。初めてこの店に入ったとき、この方が珍妙な京都弁を使ったので面食らった覚えがあるのだが、これは絶対に京都人の仕業ではなく、大阪のおばちゃんが面白がって変なことを教えたのに違いないと睨んでいる(追記:後日御本人に伺ったところ、関西の方に留学なさっていたということではあったのだが、果たしてそれだけで「おまっとさんどした、堪忍どすえ」という語彙が身につくものだろうか。ちなみに、芹男氏と行った翌日に店の近く、というか家の近くで偶然行き交って挨拶したこともあって、この方には顔を覚えて貰えたようだ。この日は開口一番「お帰りやす」と言われた)。せっかく日本に興味を持ち、真面目に勉強してくれた人に何てことをするのだ。

さらに近くのアポナル広場のバーカロからリアルト橋を渡ってカンナレージョ、そしてミゼリコルディア運河の辺りへと三軒を巡り、すべての店で最低二杯ずつワインを飲んだ。昼食の時点で当然飲み始めているし、私は片付けの間もずっと飲んでいたので、この日は一体どれくらい飲んだのやら分からない。この街の冷気が私に味方したとはいえ、芹男氏より量をこなしたことなど初めてではないだろうか。