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カルロ•ゴルドーニについて

カルロ・ゴルドーニ(1707-1793)はヴェネツィア生まれの著名な喜劇作家。モデナ出身の医師であった父ジュリオと母マルゲリータ・サヴィオーニ(サルヴィオーニ)の間に生まれ、本人は中産階級ということになるのだが、父の往診につきあって様々な社会階層の人々を観察し、またキオッジャの刑事書記局に勤めた経験などが後の劇作に資したと言われる。最初の幕間劇を書いたのはヴェネト州の北方にあるフェルトレというところで仕事をしていた時期とされるが、父親の死に伴いヴェネツィアに帰った後、彼は弁護士の勉強をしながらその創作活動を展開していった。

ただし彼の生涯の中でヴェネツィアにいた期間というのは少なく、ペルージャ、リミニ、ジェノヴァ、ピサ、ローマなど、陸続きのイタリア半島内とはいえ、あちらこちらへと渡り歩いたのはヴェネツィアーノの宿命か。彼は革命の嵐が吹き荒れるパリにいたこともある。

その名を冠した劇場があるのは勿論、San Tomàにある生家も観光名所となっており、Campo S. Bartolomioには立派な銅像まで立てられている。リアルト橋を渡ってすぐのところ、私も滞在中は毎日のように通っていた広場であるが、ここはヴェネツィアの中では比較的広く、その銅像の回りにはいつも多くの人がたむろしていた。その人達のためにいくつかゴミ箱が設置され、またそれを狙って多くのハトも集まっていたものだが、そうすると当然糞害がひどくなるわけで、いつだったか、銅像のクリーニングに伴ってゴミ箱も撤去されていたということがあった。カルネヴァーレの頃だったので単にイベント向けの対応なのかもしれず、今頃は元の通りという可能性もあるけれども、往来の盛んな広場であまり人に顧みられることのない彼の銅像に心静かな日々のあらんことをと願うばかりである。

さて、久しぶりに料理の話題ではないようにも思えるがそれは甘い。冒頭の記述は''La Cucina di Carlo Goldoni''『カルロ・ゴルドーニの料理-1700年代のヴェネツィアの食卓』という本を参照したものである。ゴルドーニの一生は十八世紀をほぼカバーし、それはまた「至上の光輝に満ちたヴェネツィア共和国」の最後の時期でもあった。彼のコメディアの中にはヴェネツィアの市井の人々の生活が活写されているが、イタリア人の生活は美味い食い物と美しい女性を中心に回っているので、そこには当然料理の描写もある。そこから当時のヴェネツィア料理を窺い知ろうというのがこの本の趣旨である。

話は飛ぶが、暇がある時にANSAというイタリアのニュースサイトを見ることがある。ここのニュースのカテゴリーの中には「Terra&Gusto」というものがあるのだが、季節の料理だとかワインの出来具合だとか誰それというシェフが賞を取っただとか、そういうニュースに需要があり、一つのカテゴリーを作らないと収まらないのがイタリアという国である。ゴルドーニについてこのような本が大真面目に作られるのも極めて自然なことであろう。

ちなみに日本ではどうだろうかと思って主要な新聞社のニュースサイトを確認したところ、M新聞のサイトでかろうじて、トップページの「ライフ」のカテゴリーを選択したところに「食」というものがあったが、これはちょっと残念な出来だった。今年の酒はどこそこが出来がいいだとか、春野菜が豊作だとか、そういうことが知りたければ日本農業新聞を読まなければいけないのだろうか。ジャガイモが不足しているだの、イカナゴが獲れないだの、ウナギやマグロが減っているだのと、否定的なものなら大手でもニュースにするようだが。

調子に乗って脱線するが、最近あれこれ料理について調べるうちにたどり着いたサイトでレシピの動画を観るのも面白い。
http://ricette.giallozafferano.it/Crostata-alla-confettura-di-albicocche.html
なるほどMicroPlaneはそっち向きで使うか、という発見があるのも動画ならではのことであるが、そういったまともな話だけではなく、イタリア人が餃子を作っている動画などは、笑えるようでだんだんとムカついてくるところが何ともいえない。
http://ricette.giallozafferano.it/Ravioli-di-carne-giapponesi-Gyoza.html
大げさに「Gyoza!!」と言いながら手を合わせる動作を繰り返し見ていると、映画「TAXi」(2だったか)の「ニンジャ!!」を思い出す。

餃子はイタリア語でRavioli di Carne Giapponesi (Gyoza)となっている。そういえば何度目だったかの「うち飲み」で餃子を作るという方がいらした際、それに合うワインを求めてリアルトのMille Viniに行き、店主に対して必死で餃子の説明をしたことがあった。「ラヴィオリに似た食べ物で作り方はこうで……」と手振りを交えて長々と説明したのだが、ラヴィオリに例えたのがまさかの正解である。その時は「それはきっとかなり油っぽい料理だからこれとこれをこの順番で飲め」と丁寧にワインを選んでもらったものだが、あのおっちゃんは元気にしているだろうか。

ついでなので次の動画も観ていただきたい。
http://ricette.giallozafferano.it/Sushi-all-italiana.html
蕎麦ざるの上に巻き寿司を置いたり、米を研ぐときに盛大に米粒をこぼしていたりなど、ツッコミどころ満載である。まあ、私も知らずに西洋の食器の使い方や調理法を間違えていることもあるのではないか、と考えると笑ってばかりもいられない。

この時代になってもまだ間違ったままの情報が流布しているのか、様々な誤解やアレンジが起こるのは仕方がないにしても、日本としては世界に向けて基準となる情報を発信すべきではないのか、と思って英語で日本食のレシピの検索をしてみたところ、某放送協会のウェブサイトにたどり着いた。やっていることはやっているのだな。

本題に戻る。件のゴルドーニの本は、
I 当時のヴェネツィアの食生活に関する論考
II 作中で料理の出てくる場面の抜粋
III ヴェネツィアとその近郊のリストランテのシェフによる各料理の現代でのレシピ
という構成となっている。このIII章の店の名前をざっと見ていったところ、ヴィチェンツァの店がやたらと多く、ヴェネツィアにしても一番多いのはキオッジャ、そしてイェーゾロ、メストレという地名が続く。本島内の店はハリーズ・バーを含めて三軒だけだった。

ヴェネツィアの美食スポットは実のところキオッジャなのではないか。そうなると一年近くヴェネツィアに滞在しておきながら一度も行ったことがないのが悔やまれるが、そうはいってもここはかなり本島から遠い。地図で見るとそうでもないような気がするけれども、ヴァポレットというのは実にのんびりした乗り物なのである。ヴェネツィアに住み、自家用ボートが持てるような人でもなければ気軽に遊びに行けるところではない。

考えるほどに懐かしさが募る。私がヴェネツィアに戻ることのできる日は来るのだろうか。

まあいい。この本はI章の部分が一番面白いのだけれども、今回はふざけすぎたので次回に回そう。