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肉料理について

古いヴェネツィア料理について調べていればもちろんヴェネツィア語の文章に行き当たるわけで、昨年買ってきてもらったヴェネツィア語辞典は本当に重宝している。紙の辞書というのはときに思いがけない言葉との出会いをもたらすもので、先日は調べ物の最中にこんな言葉を見つけた。

Tògo: togo, fico, forte, in gamba, bravo.

ヴェネツィアには「強い、すごい」という意味を持つ「トーゴ」という単語があり、「つよーい!」あるいは「すごーい!」と表現したいときには"Che togo!"、つまり「うわ、おまえめっちゃトーゴーやん!」などというらしい。その由来については以下のような説明があった。

"La versione più accreditata sull'origine di tale vocabolo afferma che essa dovrebbe derivare dallo stupore suscitato nel 1905 dalla clamorosa vittoria dell'ammiraglio giapponese Togo sulla flotta russa durante la guerra russo-giapponese del 1904-1905".

お分かりだろうか。「この用語の起源についてもっとも信頼性の高い説は、1904-1905年の日露戦争の最中、日本の東郷提督がロシア艦隊に劇的な勝利を収めたことで巻き起こった1905年の衝撃に由来するというものである」というのだ。

これがイタリアの中でもヴェネツィアでしか通用しないというのは、この地が開国以降日本と強いつながりを持っていたせいか、それとも海洋強国であったが故に海戦についてとりわけ強い関心があったためか。ちなみに私の辞書は"DIZIONARIO DEL VENEZIANO RECENTE"すなわち「現代ヴェネツィア語辞典」(recenteはvenezianoを修飾しているので「最新版の辞典」ということではないと思う)、しかも2011年初版であるので、この言い回しは今でも残っているということになる。

どこまでが冗談なのか分からないが、「東洋の果ての日本人とかいう奴らは時々とんでもないことをしたり、とんでもないものを生み出したりする」という西洋人のステレオタイプはこういう印象が100年以上も積み重ねられてきた上にあるのだろう。お互い様だが、エグゾティシズムというのは毎度愉快なものである。

さて、ではさらに100年ほど遡って先日の続きを。

1780年頃のヴェネツィアにおける牛の年間消費量は14,545頭とされている。彼らの話はヴェネツィア本島の人口を10万人として進められているが、現在の日本の人口を1.27億人とするとこれが当時のヴェネツィアの約1270倍、ここ数年の日本の年間出荷頭数は乳牛を除いて肉牛のみで40万~50万頭ほどになるのだそうで、50万を1270で割れば約394頭となる。

するとその消費量は約37倍という計算になるのだが、そもそもイタリア人と日本人の食生活、牛肉消費量が根本から違うということ、さらにはイタリア料理では子牛肉をよく使うため、頭数で比較すると重量ベースの比較より消費量が多く見えるだろうということを加味してもまだ凄まじい数字である。人口についての前提がおかしいのかもしれないと思ったが、ヴェネツィアのコムーネのウェブサイトを見ると現在の人口は26万人ほどであるから、どういう史料に拠ったのかは分からないにしても200年前で10万人という設定も大きく外していることはないものと考えられる。とにかくヴェネツィアーニはよく牛を食った。

これらの肉類は、コムーネから年毎に認可を受け、当初はリアルトとサン・マルコでのみ開業を許された業者によって売られていた。その店は「bancheバンケ」と言い習わされ、そこで働く人は「bechèriベケーリ」と呼ばれていたという。1600年代の終わりには公的独占権が緩和され、1700年代を通して多くのライセンスが与えられるようになったことで販売網が広がったとのことである。

そして牛肉だけではなく、テッラフェルマ(本土)から入ってきた家禽類としては以下のようなものが挙げられている。
gran quantità di polli, galline, tacchini, chiamati anche pollastri d'India o, più semplicemente, dindi, colombini di casa (detti di sottobanca), torresani, osellame e selvatici in genere (germani reali ed anatidi selvatici vari, folaghe, quaglie, francolini, pernici, fagiani, oche, chiurli, e altri)
ニワトリ、メンドリ、シチメンチョウ(「ポッラストリ・ディンディア(インド若鶏の意)」あるいはより単純に「ディンディ」といわれた)、イエバト(ソットバンカといわれた)、トウバト、オゼッラーマ(沼鴨の意)と並んできて、最後の括弧内はマガモ、オオバン、ウズラ、シャコ、ライチョウ、キジ、ガチョウ、シギなど、ガンカモ科を中心とした野禽類となっている。

古いヴェネツィアの家庭料理だといわれてanatraカモを食べたことがあったが、現代の方の肉料理のレシピを見るとこのカモに加えてbeccacciaヤマシギ、colombaハト、fagianoキジ、faraonaホロホロチョウ、germano reale (masorin)マガモなどの鳥類を使ったものが大半を占めている。金に飽かして大量に牛を食べていたという割には牛肉料理のヴァリエーションが少ないようだが、現代の場合は「肉の国」フィレンツェに正面から対抗するよりも鳥類や魚介類を使ったものの方が独自色を出しやすいという計算もあるように思える。

それはともかく、当時これら鳥類の肉を扱う業者は「galinèriガリネーリ」や「pollaroliポッラローリ」といわれていた。卵を売る「ovaròliオヴァローリ」、そして「onti sotiliオンティ・ソティーリ〔unti sottili、ヴェネト語はイタリック、標準イタリア語は通常表記としている〕」と呼ばれたバターを売る「butirrantiブティッランティ」という人々がそれに続く。大雑把な「肉屋」というものがいて彼らが扱う品々がたくさんあるということではなく、売るものに対していちいち「~売り」という言葉があるのが面倒である。流通や経営を効率化せずになるべく個々の権益を守ろうとする傾向は今のイタリアでも見られるように思うが、食肉の販売に際して品目ごとに当局の許可が必要だったとか、それにともなってそれぞれ業者が集まってアルテといわれる組合を形成していったとかいう歴史的背景を見ると、なるほどそういうことかと思う。

そんな中に「luganeghèriルガネゲーリ」という人たちもいた。彼らが扱っていたものは「moreli de lugànegaモレーリ・デ・ルガーネガ」という腸詰めが中心で、つまりは加工肉の業者である。この言葉は手元の辞書ではmurèlo de ugànega=rocchio di salsicciaとなっており、morelimurèloのようにちょくちょく音位転換が起こるのが余所者には厳しい。おかげで単語一つ調べるのにも手間がかかって仕方ない。

彼らは牛の「menuzzamiメヌッザーミ」(頭、脚、内臓)を手に入れることもできた。1700年代末にルガネゲーリが販売していた加熱済みのminuzzami〔語義的にはまさにホルモン〕の価格表が残されている。
 Trippe cotte - s. 6 alla libbra
 Doppion (intestino retto) - s. 8 alla libbra
 Spienza cotta (milza) - s. 10 alla libbra
 Piedi cotti - s. 4 alla libbra
 Carne di tasto e modegal (basso ventre e collo) - s. 28 alla libbra
 Lingua cotta - s. 32 alla libbra
 トリッパ〔ハチノス〕-リッブラあたり6ソルド
 ドッピオン(直腸)-リッブラあたり8ソルド
 スピエンツァ・コッタ(脾臓)-リッブラあたり10ソルド
 脚-リッブラあたり4ソルド
 タストとモデガル(下腹部とネック)-リッブラあたり28ソルド
 タン-リッブラあたり32ソルド
トリッパは日本のイタリア料理の本でもよく見かけるし、zampone(豚足)などはヴェネツィアのスーパーにも常においてあるので見知っていたが、何しろこれまで魚料理を中心に研究していたこともあり、ここまでモツが利用されていたというのは聞いたことがあるようでもそれほど気にしたことがなかった。そして今回、ゴルドーニの作中の料理をリストアップして食材をチェックしているうちに引っかかったのが、meola〔midollo骨髄〕とcervello〔脳髄〕である。

"Cento risi colla meola de manzo e la so loganega a torno via"
刻んだニンニク、玉ねぎと一緒に牛の骨髄に火を通し、米を入れてリゾットにしたうえでソーセージ(リゾットと一緒に茹でる)を添えたもの。料理の名前を見た時点では豚骨と同じようにスープを取るのかと思ったが、骨髄を抜き出してそのまま使うようだ。粉骨砕身とはこのことか。長きにわたって牛を食らい続けてきた人々の食べ方は何とも念の入ったものである。

"Cervella tenere"
牛や山羊の脳を下ゆでして氷水で締めた後にスライスし、衣を付けて揚げたもの。ホルモンだから当然のことだが「とにかく安くついた」と書いてあるので、庶民の料理だったのだろう。この作り方だったら……と思って試しに「cervello fritto」で検索してみたらフィレンツェとローマで取り合いに、つまりどちらの郷土料理かで揉めているようだったので、残念ながらヴェネツィア料理ではない。

栄華を極めていた頃のヴェネツィアには世界中から食材が集まっていたので、ヴェネツィアらしいものより目新しいものの方が好まれたのだろうと思う。「ヴェネツィアらしい牛肉料理」というのはなかなか難しいようだ。

ヴェネツィアらしい肉料理というものを考えるに、「この周辺でなければ手に入らない肉」となるとやはり水鳥ということになる。そしてもう一つ、何を合わせていくかというのもポイントとなるだろう。フェーガトやサオールなどを思い出してもらえば納得できるかと思うが、実はヴェネツィア周辺では玉ねぎが大量に作られていたそうな。殺菌作用があるおかげで船旅にも向いた、と聞くといかにもヴェネツィアらしくなってくる。この筋でカモやオオバンなどの方をもう少し調べてみようと思う。