蟹愛づる姫君について

今回の話も多少荒っぽさはあるものの、道具立てに凝っているのでまだましな部類に入るだろう。すっかりヴェネツィア語にも慣れ、流し読みでも内容が理解できるようになったところで、実は「うんこ」関連のものがまだあったのを見つけてしまっていたりもするのだが、それはしばらく寝かせておくことにする。

ときに、ヴェネツィア語というのは標準イタリア語と比べると動詞の活用が単純化されており、代わりに主語を省略することがない。最初はフランス語に近いような感じを受けたが、通り越して英語に近いような印象である。実際はスペイン語が一番近いようで、スペイン語圏から来た観光客の場合、ゴンドリエリはヴェネツィア語で対応すると滞りなく意思疎通ができるのだと教えられた。

例えば前回のヴェントの話で娘が若者を引き合わせる前に父親を満腹にさせておく場面、「彼はもう十分だと言った。」というのは原文ではこうなっている。下段は標準イタリア語で対応する単語を宛てている。

Lui el ghe dise che el xe abastanza.
Lui lui ha detto che lui era abbastanza.

このように、なぜだか[主語]の後にもう一回[主格代名詞]を置くパターンが結構ある。また、例文にはないが、等位接続詞の[e]を使う際、標準イタリア語なら動詞をつなげばいいところであっても、主語を省略せずに丸ごと節どうしをつなぐのがくどい。そこへきてロマンス語派というものは、動詞の前に[直接目的語人称代名詞][間接目的語人称代名詞][再帰代名詞][代名小詞]、そして[否定の副詞]が入り込んでくる。それらがずらっと並んだ様子にもやっと慣れてきた。

あとは文法的に何とも解釈できない、つまり接続詞とも関係詞とも感嘆文ともつかない[che]が出てくるのも難しい。これはヴィチェンティーノに関連する話なのでヴェネツィア語に限るのかもしれないが、「イタリア語ではcheでコンパクトにつないだものが美しいとされ、彼の話したことをそのまま日本語に訳すとどうも幼稚になってしまう」という事情を聞かせてもらい、翻訳者泣かせだと思ったことがある。非制限用法のようなcheが「そしてそれがね……」「そしてそれでね……」というふうに多用されて文が際限なくつながっていき、話の論理展開が文法ではなく文脈頼みになってしまうことがある。

もう一つ、須賀敦子氏にも証言していただこう。


どういうわけか、私は、ヴェネツィアから東北にのびるアドリア海に沿った地方の言葉に、つよく惹かれる。一般には北の文化には執心しないのに、これだけは例外で、かぎりなくなつかしい。
 なつかしい、といっても、自分で何度もそのあたりに行ったわけではなく、夫が生きていたころ、夜、寝るまえに、サバの詩やなんかといっしょに、彼に声を出して読んでもらったくらいだ。そのあとは、抑揚をまねながら自分でそっと発音してみるが、それでも、話すことはできないし、その地方に行ってみると、囀るような早口にはとてもついていけない、私にとっては、純粋に本のなかだけの言葉なのである。それでいて、ずっとむかしの記憶から立ちのぼってくるような、あたたかさ、なつかしさにつつまれているのは、いったい、どういうことなのだろうか。(須賀敦子「ヒヤシンスの記憶」)


ヴェネツィア語には、促音が消えるなどして標準イタリア語と比べると音が単純化される、という特徴もあり、須賀氏の印象にはそちらの方がより強く影響しているものとも思われる。ともあれ、幼稚とか素朴とかいう雰囲気だけつかんでもらえばいい。

ただし某大学の教授会では議論が白熱すると教授連がヴェネツィア語で捲し立て始め、他所から来た教員がさっぱり理解できずに疎外感を感じるということもあるらしい。ヴェネツィア商人だとか十人委員会だとか第四次十字軍だとかを思い出せば素朴どころか老獪なイメージしかないが、これは意図してやっているのかどうか判断が難しいところだ。まあ、イタリア人同士の問題にはこれ以上立ち入らないことにしよう。

結局何が言いたいのかというと、まずこのブログは自らに課した締切のようなもの、また覚え書き程度のものとして利用しているものだということがあって、翻訳はなるべく元の文の構造を残した下訳、つまり「調理前の素材」の状態にしてある。そして訳語もいくらか文語寄りに調整してあり、民話だからといって子どもに対象を絞って彫琢してあるとかいうものではない。その方が元の文意に合わせやすいからである。しかし原文のヴェネツィア語の表現から見れば、これでも十分に枝を落としたり曲げたりしてあるのだ。冗長かつ退屈なのは私のせいばかりではないことをご理解いただいたところで本題に入ろう。


EL GRANZIO

あるところに夫婦がありまして、彼らには三人の子どもがありました。この夫は漁師をしていましたが、毎日仕事に出て、これまで金貸しの世話になったことはありませんでした。

そんなある日のこと、彼は漁に出て網を下ろしましたが、そこですぐに引き上げられないくらいの大きな重さを感じました。何度も引っ張り、とうとう彼はとても大きなカニを引き揚げます。一目で見渡せないくらいです。「おお、神様」彼は言いました。「今日は何てものを捕まえたんだ!…神様が子どもたちのため、ポレンタを手に入れられるようにしてくれたんだな!」そして彼は家に帰り、すっかり上機嫌で妻に言いました。「どうだ? この素晴らしい獲物を見ろよ!…こいつが上手く売れるように運命の女神様が取りはからってくださるかどうか、ちょっとやってみるよ。その間にポレンタ鍋を火にかけときな。」そうして彼はそのカニを肩に担いで出かけました。歩きに歩いて、彼は大きなパラッツォにたどり着きます。ベルを鳴らすと、バルコニーに召使いが出てきました。その召使いが何の用かと尋ねますと、彼は、偉大なる王陛下とお話しができないかと言いました。

先に言っておかなければなりません。この王には三人の娘がいましたが、末娘をとても可愛がっており、それは目に入れても痛くないくらいなのでした。この娘は庭に出て生け簀に飼っている魚を見るのが大のお気に入りなのでした。

例の漁師は中へ入れと言われました。彼は肩に担いだカニとともに中へ入って階上へ上がり、王の前に出ますとこう言いました。「偉大なる王陛下、情け深くもこのカニをお買い上げいただきましたら幸いと存じまして、こうして御許に参りました。水を張った鍋を火にかけておりましても、ポレンタ粉を買うお金がないのです。」王は言います。「ふむ、そのカニが何か私の役に立つと思うか? 誰か他の者にやったらどうか。」そこで例の末娘がカニの話をしているのを聞き、駆け込んできて言いました。「お父様、どうかお願い、買ってください、それを私に買ってください。タイとボラと一緒に生け簀に入れますから。」彼女がすっかりそれを気に入ってしまったので、王は申し出を受け入れることにしました。「これを持て。」王は漁師に言いました。「この金を一袋持っていくがよい。降りていってそのカニを生け簀に放て。」漁師はとても満足してそのお金を受け取り、降りていってそのカニを生け簀に放ちました。そしてパラッツォを出て家に帰り、ポレンタを作って楽しく食事をしました。

漁師についてはこれでおしまい。王の娘の方に戻りましょう。

カニを手に入れて以来、その娘はひとときも生け簀から離れませんでした。父親もすっかり満足です。そんなある日、娘がお気に入りのカニを見ていると、ベルが鳴るのが聞こえました。娘がバルコニーに出ると、貧しい老人がいるのが見えます。その老人は言いました。「お嬢様、私めにお慈悲を…何かくださいませ!」「はいはい、少し待ってくださいね。すぐに行きますから。」彼女は部屋に戻って一袋の金を取り、放ってあげました。「どうぞお持ちなさい、おじいさん。」

何の巡り合わせか、袋は老人の手から滑り落ちて、排水溝に落ちてしまいました。「ああ。」老人は言いました。「なんと惨めな!」すぐにその老人は自分も排水溝に飛び込みます。深く深く、前へ前へと進みますと、彼はあの娘の生け簀の下へたどり着き、そして大きな広間があるのを見つけました。そこには何もかもが整ったテーブルがあり、昼食の用意ができています。四つの開廊があり、すべてのバルコニーには絹のカーテンが付いていました。老人は言います。「おお、親愛なる神よ、なんというところに来てしまったんだ! まあいい…ここまで来たら、何が起こるのか見ておこう。」彼は中に入り、カーテンの後ろに隠れました。

ここで一つ知っておかねばなりません。あの王の娘は、生け簀に飼っていた例のカニとタイ、ボラが正午になると見えなくなり、鐘が三つ鳴るとまた現れるのを普段から不思議に思っていたのでした。

さて、正午になったとき、カーテンの後ろにいた例の老人は、とても美しい女性と、その後ろに続いてカニ、タイ、そしてボラがやってくるのを見ました。彼女が杖をたたくと、三人の美男子が現れます。彼らは床に殻を残していました。一人はカニの殻、もう一人はタイの皮、最後の一人はボラの皮です。その女性は言いました。「望むものを言うがよい、私が杖を打てば何でも現れよう。」彼らが望みを言いますと、彼女は杖を打ちたたき、彼らの望んだものがすべて現れました。そして彼らは食事を始めます。十分に食べたところで、彼女は言いました。「もう十分に食べただろう、殻に戻るがいい。明日も同様に饗応をするぞ。」そして彼らは自信の殻に潜り込み、出て行きました。その後で彼女も出て行きます。―そこで例の老人はそうっと上がっていき、外に戻ります。彼はあの生け簀から上がってきましたが、そこにはあの王の娘がいました。―彼女は老人が現れたのを見て言います。「まあ、悪ふざけが過ぎますよ、おじいさん。こんなところで何をなさっているの?」老人は言いました。「お嬢様、驚くべきことをお話ししましょう。」そして彼は見てきたことをすべて話しました。彼女は、あのカニが日に三時間いなくなる理由をやっと理解して言います。「おじいさん、どうやってそこへ行ったのか教えてください。」「ええ、明日の正午になったら二人で参りましょう。」

彼女はあのカニに恋していました。今やもう、死にそうなほど愛していたのです。

翌日になり、老人が彼女を連れに来ます。彼らは二人で生け簀の底へ向かいました。彼らは前の日に老人が見たあの大広間にたどり着き、カーテンの後ろに隠れました。そして正午になりますと、あのカニ、タイ、そしてボラが到着し、その後であの美しい女がやってくるのが見えました。皆が揃うとすぐにその女は杖をたたき、三人の美男子が現れます。彼女は言いました。「欲しいものを言うがよい、すべてテーブルに現れるだろう。」彼らが望みを言いますと、願ったものがすべて現れます。彼らは前の日と同じように食事をし、その後お喋りを始めました。そして三時になると、あの女は言いました。「もしお前達に愛するものができてしまったら、もうこれを味わうことはできないのだぞ。」

前の日には男達が先に部屋を後にしていましたが、この日はあの女が先に出て行きました。彼女は三人をその場に残していきました。

隠れていた王の娘は、彼らが三人だけでいるのを見てカーテンの裏から出ようと考え、こっそりと抜け出して、あのカニの殻の中に滑り込みました。

彼らはお喋りを終えると、それぞれ殻に戻っていきました。最初にタイ、次にボラ、そして最後があのカニです。殻を開いて、彼はあの美しい娘を見つけます。「ああ、神様、いけません!もしあの妖精がやってきたら、私だけでなく貴方も破滅です!」ですがこの娘は外に出ようとしません。そして彼女は、やり方さえ教えてくれれば貴方を解放すると約束します、と言いました。カニは言います。「おお、そんなことができるとは思えません。私を解放するには、私のことを深く求め、私のために死ぬ覚悟をしなければならないのですよ。」娘は言いました。「私がやります。」―「いいでしょう、ではお聞きください。どうすればよいかご説明します。ある海の断崖の頂上へ行って美しい音楽を奏で、歌を歌い上げます。貴女の見たあの女が演奏と歌に魅了されたら、彼女は「歌え、美しい娘よ、とても気に入ったぞ。」と言います。そこで「そういたします、貴女が頭に挿したその花を私にくださいましたら。」と答えてください。すると彼女は「やろうではないか、私がこれを投げたところまでお前が取りに行くのであればな。」と言うことでしょう。その花を貴女が手にしたとき、私は自由になります。その花は私の命なのです。」彼女は、きっとやり遂げます、と言い、殻から出ます。彼は殻の中へ入り、生け簀へ戻りました。

娘は地上へ戻るとすぐ、あの老人にたくさんのお金を与え、そうして父親の元へ駆けつけて言いました。「少し音楽と歌を習いたいと思うのです。」王は大いに喜びましたので、娘の教育のために優れた音楽家と歌手を呼び寄せました。彼女は十分に勉強をしますと、父親に言います。「お父様、海の断崖の上に行って少し音楽を演奏してみたいと思うのです。全身白の服を着た八人の侍女を付けてください。」父親は言います。「海の断崖の上に行きたいなど、おかしいのではないか?」―「いえ」彼女は言います。「何でもいいから行きたいのです。何か…ご不審な点やご心配があるのでしたら、何人かひそかに兵士をお付けください。」そこで父親は言いました。「行きたいというのであれば、もう行って好きなようにするとよい。」

彼女が八人の侍女とともに出発する日が来ました。彼女は歩き、歩きに歩いて、とうとうある海の断崖にたどり着きます。そして彼女はとても美しい音楽を奏で始めました。皆が彼女の歌、そして彼女の姿、その美しさに魅了されます。そのとき、あの広間で見た美しい女性が遠くから近づいてくるのが見えました。その女は言います。「おお、このような美しい娘がなんと澄んだ歌を歌うのか!…歌うがよい、さあ歌うがよい、非常に気に入ったぞ。」そこで娘は言います。「そういたします、貴女が頭に挿したその花を私にくださいましたら。その花がどうしても欲しいのです。」―「ではやろうではないか。」妖精は言いました。「私がこれを投げたところまでお前が取りに行くのであればな。」娘は言います。「ええ、取りに行きます。」そこで彼女は演奏し、歌い始めました。歌い終わって、彼女は花を要求します。―「お前の申したことに」妖精は言います。「偽りがあってはならんぞ。」―そうして彼女は花を手に取ると、力の限り遠くの海へと放り投げました。そして言います。「さあ、取りに行くがよい。」

彼女はその花が海のなかへ落ちたのを見るとすぐ、駆け出して海の中へ飛び込みました。侍女達の絶望は想像するに難くありません。「ああ、お嬢様…」彼女たちは叫びました。「おかしくなってしまいましたの?…溺れてしまいます、お嬢様が溺れてしまいます!」しかし別の声が叫びます。「みんな! お嬢様が泳いでいます!」かの娘がいくらか進むと、あの花が自分の方へ向かって流れてくるのが見えました。「ああ」彼女は言います。「やっと助けたわ。」彼女がその花を手に取ると、水底から声が聞こえてきます。その声は言いました。「貴女は私に命を与えてくれました。貴女が私の伴侶となるのです。もう恐れることはありません。貴女の下に私がいます、海上へ引き揚げて差し上げましょう。そして聞いてください。誰にも、貴女のお父様にも何一つ言ってはなりません。私は母と父の許に行き、そして二十四時間の後に貴女と婚約をしに参ります。」彼女はもう息が続かなかったので、ただ「ええ、分かりました。」と答えました。

そうして彼女は侍女達とともに家に帰りました。彼女は父親に、大いに楽しんで参りました、とだけ言い、他には何も言いませんでした。

翌日、三時になると、パラッツォに太鼓やトランペット、そして馬の蹄の響きが聞こえてきました。執事が前に出て、王の息子がお目通りを願っていると伝えます。王は、中へ入るようにと伝えさせました。若者は王の前に出て簡単な挨拶を済ませると、王の末娘への思いを伝え、すべての秘密を話しました。王は何も得心がいかないので困惑し、娘を呼びます。娘はこの若者を見るとすぐに駆け寄り、父親に言いました。「この方が私の夫になる方です。」そこで父親もすべての話に納得し、すっかり満足しました。彼は八日間の祝賀会を開催し、二人は結婚式を挙げます。そしてオオカミのように平和と愛に満たされて暮らしました。


……妖精に生殺与奪権を握られていたとしてもこのカニたちの待遇は羨ましいとしか思えない。強大な魔力を持った美しい女性に支配されつつ食事も酒も好き放題、という状況に何の不満があろうというのか。ということでこの妖精の口調については訳し方に私の趣味が入っている。

さて、もうお馴染みの「3」縛りで適当に付け加えられ、何一つセリフも出番も与えられないタイとボラであるが、実はこのボラが難しかった。scievoloという単語はどの辞書にもなく、ネットで検索してもこの話以外に用例がない。そのような状況でイタリア人でもないのに[scievolo]→[cevolo]→[cefalo]と方言の変化をたどっていくのは至難の業であった。最初はこいつだけ原文のまま訳し始めたくらいである。

なぜ敢えてボラなのかという問題であるが、ボラがローマ時代から高級食材であったことについては滞在中に書いたことがある。カラスミについては言うまでもない。が、やはり水質の影響を受けやすいからだろうか、狙って探していたのに現代のヴェネツィアでは見かけた覚えがない。ヴェネツィアで食べたスズキも結構なにおいがしていたし、今の時代には難しいのだろうと思う。

今回は全体的に話がこなれていて翻訳に困ることも少なかったのだが、やはり最後の結婚の場面へ来て「オオカミのように[come i lovi]」に違和感を感じる。Lovoという単語にはヴェネツィアーニに馴染みの深い「タラ」を指す用法もあるが、ややこしくなるのでここでは考えない。このオオカミは複数形であるし、文脈的に「オシドリのように」か「非常に強い絆で結ばれた」という意味の慣用句だろうとは思うが、ともあれ辞書に載っているほど一般的な表現ではない。