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ある流行り病について

日本にいた頃は三国同盟くらいしか思いつかなかったが、イタリアと日本の関係は意外と長い。ヴェネツィアの地にあった商業学校で日本語を学ぶ授業が始まったのは、維新直後の1873年のことだそうな。この時代、イタリアでは蚕の病気が流行って養蚕業が全滅しかかったのだが、日本から輸入した蚕だけはこの病気に強く、おかげで無事に立て直せたのだという。政治的、文化的にはあまり縁がないけれども、ここに始まった経済的なつながりだけはずっと途切れずにあったとのことだった。その歴史が今のヴェネツィア大学の日本語学科につながっており、私のような人間がこの地に送り込まれた遠因ともなっている。

街中を走る舟の船外モーターもほとんどHONDAかYAMAHAかSUZUKIのどれかであるし、この地のイタリア人はなにかと極東の島国に対して親しみを感じてくれているのだろう……などと、そうきれいな話ばかりで終わっては面白くない。

ある夜、同時に派遣されている方とサン・マルコ方面へ食事に行き、その後バールへ寄ってからの帰り道でのこと。この日は昼間から雨がちで、私もジャケットを着て出かけたような涼しい夜であったのだが、前方におわすのはくたびれたポロシャツを着たご老人である。まずここに違和感を抱いた。

イタリア人は暑さに強い。代わりに寒さに弱いのか、日本人の基準でいうとかなり厚着である。こちらでお世話になっている先生も、「北のほうの国の人はすぐ裸になりたがるんですよねー」と困ったふうな顔で仰せであったが、日中の気温が26度くらいになっている初夏のこの時期でも薄手のダウンジャケット(しかもイタリア人は黒を好む)を着ている人がいるくらいで、さすがにそれはどうかと思った。現地の人は朝晩と日中の気温差のことがよく分かっているということもあろうが、西洋人でもきちんとジャケットを着ている人はイタリア人、シャツだけになっている人はドイツ人、半袖のポロシャツに短パンはアメリカ人、と適当に見当を付けている。

もう一つのポイントは背丈である。ラテン系の人だと170センチ程度の私より低い人もざらにいるのだが、アングロサクソン系の人はやたらと高いのでヴェネツィアでは目立つ。毎日見ていれば顔つきの違いも何となく分かったような気になってくる。

ともあれ、高齢化の進んだヴェネツィアではゆっくり歩いている老人にしばしば追いつくのだが、彼らヴェネツィアーニはおおむねカジュアルなジャケット(老人はベージュが多い)を着て、こざっぱりとした身なりをしているのである。

例によって話が遠回りするが、五月末、ヴェネツィアでは市長(Sindaco、シンジケートという言葉を思い出してもらえばなんとなくわかるかと)選挙が行われた。ここの市長はヴェネツィア共和国時代ならドージェ(Doge、総督)と呼ばれ、有名な「海との結婚」の儀式においては誓いの言葉とともに指輪を海中に投げ入れるというお役目を果たす、目立ちたがり屋の政治家垂涎の役職である。

ちなみにこの行事、今年は5月17日だったそうだが、いろいろ落ち着かないなかにあって残念ながら見損ねた。この儀式で総督が乗る舟をBucintoroというのだが、ナポレオンがぶっ壊したというヴェネツィア共和国最後の絢爛なブチントーロを現在アルセナーレ(ヴェネツィアにある工廠で、今は基本的にイタリア海軍の管区)で復元しているらしいので、それが出来上がった頃にまたここへ来たいものである。

ただしこれもイタリア人の仕事だからいつになるやら見当も付かない。実際、完成の目処は公に示されていないようである。

さてこの市長選挙の期間中、私に選挙権がないとも知らず、部屋の郵便受けに各候補のチラシが入れられていたのであった。日本だったら選挙違反になるのではないか、と思いながら暇つぶしにこれらを見比べてみたことがある。

大概のチラシには、政党のマークの上に大きな×を付けた図柄が載っている。最初は敵対する政党へのネガティヴキャンペーンかと思ったが、しばらく見ていてはたと気づいた。これは自分のところへ投票を促しているのである。これまでにこちらで書かされた書類の記入例などを思い出してみたら、×のマークは✔マークと同じ意味だった。他にも数字を書くときのコンマとピリオドの使い方が逆だったり、外国で生活をしてみるとこういう細部で引っかかる。

並べてみると、いかにも左翼系のおばちゃんの候補、いかにもIT系か或いは弁護士っぽいラフな格好の若者の候補、そしていかにも与党っぽい、高そうなスーツを着たオッサンの候補、とあって、うさんくさいオッサンのパンフレットが一番金が掛かっていそうで分厚かった。こうやって選挙資金の差が如実に表れるから日本ではやってはいけないことになっているのだろうなと納得し、それでももっとも読みでがありそうだったのでそれから読んでみる。

すると、これまでの期間でどれだけの予算を何に使ったか、どれだけの金をEU(イタリア語では形容詞の係り方が基本的に逆なので、Unione EuropeaでUEと書くのだが)から引っ張ってきたかなどということばかり書いてあり、なんとも昭和の香りただよう、あからさまにバラマキ型の政治家であった。そして政策に関しては、若者の失業対策と老人福祉の話が二つながら中心になっていたのもどこかの国とよく似ている。それでも日本よりはかなり手厚いものだと聞いているが、こちらの感覚ではヨーロッパ圏内で北欧などと比べるからであろう、イタリア人の書くものでは福祉の不足を言い立てていることが多いのである。

先述の通り、ヴェネツィアの老人はそれなりに満ち足りているように見える。しかしイタリアの経済状況も何かと悪く、不遇を託っている老人もそれなりにいるのであろう。そういう現実を垣間見せる老人にヴェネツィアで出会ったのだ。

ということで例の夜の話に戻る。件の老人はかなり酩酊しているようでしきりに何やらわめいており、周囲の人も遠巻きにしていた。とはいえ道の狭いヴェネツィアでのこと、私は彼の傍を通らなければアパルタメントに戻れない。

そうして彼を追い抜いたところ、後ろから「チネーゼとジャッポネーゼは×××だ」という声がする。もちろん件の老人である。差別的な言葉だとは容易に推測できたが、私としてはいつかは来るものと覚悟していたし、こちらもそこそこ酔っていたことではあるし、だいたい日本でも人に絡まれたら逆に絡み倒すのを常としていたので、立ち止まって話を聞いてみた。

するとどうも「ペッラーグラ」と繰り返しているようである。それ以上聞いてもろくな説明があるわけでもなし、彼の相手は適当なところで切り上げ、部屋へ戻って辞書を引いた。すると該当しそうなのは「pellagra」という単語である。20世紀初頭にイタリア北部で流行したビタミンの欠乏症だというのだが、ここは間違いなくイタリア北部であるし、件の老人は20世紀半ばくらいから生きている様子なので、親か祖父母の世代からこの言葉を受け継いだものであろうか。症状としては色素沈着を起こすということなので、黄色人種をからかった言葉としてこれで間違いはなかろう。

そうこうするうち、私のとても身近なところに、やはり酒に酔うと差別的なことばかり言いたがる人物があった(過去形)のを思い出し、それが件の老人に重なった。

古代ローマの時代より、この地には"La verità è nel vino"「真実は酒にあり」という諺がある。「人生の楽しみはすべて酒の中にある」というような意味で今ではワインの宣伝にも使われる言葉だそうだが、もともとは「酒に酔ったらつい大事な秘密や本音をバラしてしまって後で困ることになるのだから、ほどほどになさい」という戒めの言葉である。

そろそろお迎えも近づいてきたかなと考えるような年頃になり、呑みたいように酒を呑んで自分の奥底に見つけた「真実」が他人を蔑む心性だとしたら、なんとも切ないことである。以前話題にしたヴェネツィアーノ氏の黒人差別の裏にあったのは、不況の中で往事の勢いを失いつつあるヴェネツィアの怖じ気であったと見立てた(ブチントーロの再建もそれを挽回するためにあるのだろう)が、件の老人は何を怖がっているのだろうか。