鵞鳥の世話係について

前回の続き。


王の部屋係の女中が邸宅のバルコニーを開けますと、死にそうなほど寒い中を巡礼の娘が裸足で歩いてくるのが見えました。彼女は言います。「ここで何をしているのですか、美しいお嬢さん?」娘は答えました。「お願いです、この御屋敷で何か仕事をさせてもらえないでしょうか、鵞鳥のお世話でも構いません。」「お待ちくださいね。」女中は言いました。「王女様に申し上げてきます。」そうして彼女は王女のところへ行って言いました。「女王陛下、屋敷に巡礼の娘が参りまして、屋敷に迎え入れてほしいとお願いしております。表の鵞鳥の世話でも十分だと申しているのですが。」女王は言いました。「いいだろう、ここへ来るように申し伝えよ、私としても会っておきたい。」そうして娘は女王の許へ参りました。女王は言います。「非常に気に入った、鵞鳥の世話をするというなら引き立ててやろう。」娘はそれを承知しました。

彼女が鵞鳥の世話係のお仕事を始めてから何日も経ちましたが、一度も大鴉の王に会うことはできませんでした。そこで彼女は独り言ちます。あの三人のおばあさんがくれた三つの実を使ってみた方が良さそうね。そうして彼女が栗の実を割ると、とても美しいドレスが出てきました。それは実に輝かしいものでしたので、鵞鳥たちが皆びっくりして、外へ逃げ出し鳴き喚きました。女王はその騒ぎを聞いて言います。「あの鵞鳥たちはいったいどういう訳で鳴き喚いているんだ? あの世話係が何かやったに違いないな。」そこで彼女は女中に言います。「いいか?…あの鵞鳥の世話係を捕まえて私のところへ来るように言え。」

 そうして娘がやってきました。「女王陛下」彼女は言います。「命により参上しました。」女王は言います。「いったいお前はあの可哀想な鳥獣に何をしたというのだ? あんなふうに鳴き喚くなんて。」娘は答えました。「何でもありません、陛下。私がドレスを引き出しまして、それであれらは騒いだのです。」「いいだろう」女王は言いました。「そのドレスとやらを見せてみろ。」娘がそれを見せますと、それがとても美しかったので女王は思わず言いました。「そのドレスを私に寄越せ、お前には似合わないだろう。」「陛下」娘は言います。「このドレスをただでお召し上げになるとは思えませんが。」女王は言いました。「望むだけの金は与えよう。」「ああ」娘は言います。「お金はいらないのです。一晩だけ私を王とともに眠らせてくだされば。」女王は言いました。「私の夫と寝たいというのか? このアバズレめ…すぐにここから出て行け。」「いらないのですか。」娘は言いますと、立ち上がって鵞鳥たちのところへ戻りました。

それから一時間経って、女王はまた彼女を呼びにやり、そしてこう言いました。「いいだろう、そのドレスを寄越せ。そして今晩私の夫と眠るがいい。」

ああ、もう少しです!

夕食の時間になり、女王は王のワインのカップに小さなグラス一杯の睡眠薬を入れました。夕食として王はこのワインを飲み、灯りを点してベッドに入ります。女王は彼が深く眠りにつくのを待ち、それから鵞鳥の世話係を呼びにやりました。世話係が部屋に入ってくると彼女は外に出ます。

 娘は部屋に入ると服を脱ぎ、ベッドに入りました。そして彼に話しかけます。しかし彼は返事をしません。彼はすっかり眠っているのでした。そこで彼女は一晩中ずっとこう囁いていました。

  君、大鴉の王なれば
  我、荒々しき女傑なり
  海越え大地を彷徨し
  漸う君に目見えたり
  無上の望み叶いたり

夜明けの時分となり、扉の外に女中がやってきて言いました。「出てきなさい、出てきなさい鵞鳥係、王女様がお入りになるから。」

娘は普段の仕事に戻りました。そしてまた頃合いをみて、彼女が胡桃を割りますと、最初のよりもずっと綺麗なドレスが出てきます。そのドレスがあまりにも輝いていたので、鵞鳥たちは前回よりも大きな声で鳴き、激しく騒ぎ立てました。女王は女中に向かって言います。「鵞鳥たちが騒いでいるのが聞こえるだろう、きっとあの鵞鳥係がまた何かいいものを出したに違いない!…彼女を呼んでおいで。」

彼女はやってくると言いました。「女王陛下、参りました。」「お前は何をしたというのだ? 可哀想な鳥獣たちがあんなふうに鳴き喚くなんて。」娘は答えました。「何でもありません。私がまたドレスを引き出しまして、それであれらは騒いだのです。」女王は言いました。「それを見せろ、早く見せろ。」娘がそれを見せますと、下女が何着もこんなものを持っていることに女王は呆然としながら言いました。「それを私に寄越せ、お前には似付かわしくない。」娘は答えます。「差し上げてもいいでしょう、今晩もまた私を王とともに眠らせてくだされば。」そのドレスがほしかったので、女王はすぐに言いました。「いいだろう、今晩も王と眠るがいい。」

そして王女はまた夫に睡眠薬を飲ませました。彼女は彼がベッドに入り、深く眠りにつくのを待ちます。それからあの鵞鳥係を部屋の中に入れ、自分は外に出ました。

娘は部屋に入るとすぐに服を脱ぎ、ベッドに入りました。そして彼に話しかけ始めます。しかし彼は返事をしません。キスをしたり、押してみたり、あらゆる手を尽くしますが、どれも効きません。彼はずっと深い眠りに落ちているのでした。そこで彼女はこの夜も一晩中ずっとこう囁いていました。

  君、大鴉の王なれば
  我、荒々しき女傑なり
  海越え大地を彷徨し
  漸う君に目見えたり
  無上の望み叶いたり

夜明け頃、部屋に女王がやってきて鵞鳥係は外へ出ます。

ところで、王の部屋の壁を挟んだ隣の部屋には、王が一番信頼していた部屋付きの召使いが寝ておりましたことを述べておかねばなりません。この召使いは二晩にわたってあの娘の繰り言をずっと聞いておりました。朝になり彼は王の許へ行きますと、こう言いました。「王陛下、この二晩、奥様は陛下と共にベッドにいらっしゃいませんでした。」「どういうことだ?」王は言います。「ええ」召使いは言いました。「この二晩というもの、ずっと何かを語る声が聞こえておりました。」王は言います。「私は何も聞いていない。ベッドに入って寝ていたからな!…で、何を語っていたというのだ?」「いえ」召使いは言いました。「声は聞こえていたのですが何を話しているのかまでは聞き取れませんでした。今晩は陛下もずっと起きていらしたら聞こえるでしょう。」

では王の方は一旦措き、鵞鳥係の方をみてみましょう。

娘は部屋から出ると自身の仕事に戻りました。三時の鐘が鳴ると、彼女はあの林檎を割ります。すると太陽のように光り輝く、驚くほど美しいドレスが出てきました。鵞鳥たちはこのドレスを見て鳴き出し、前の二回よりもひどく騒ぎ立てました。王女はすぐに女中に向かって言います。「下へ行って、鵞鳥係にすぐ私のところへ来るように言え。」娘が参りますと、女王は言いました。「また何かいいものを持っているな?」「女王陛下」娘は答えます。「持って参りました、このドレスです。」女王はそのドレスを見て思いました。「ああ、これは放っておくことなどできない。」そうして彼女は鵞鳥係を見て言います。「お前が望むものは分かっている。もう一晩王と一緒に寝たいというのだろう。今晩も寝るといい。」

夜になり、王は夕食の卓に着きまして、誰も見ていない時を待ちます。そして食卓の下にワインを捨てました。そうして夕食をとり、寝室へ向かいますと、彼は眠ったふりをしました。すると女王は部屋の外に出て、鵞鳥係が入ってきました。

鵞鳥係は服を脱ぎ、ベッドに入りました。ベッドに入ると彼女は彼に話しかけ始め、キスをしたり、押してみたりしました。しかし彼は彼女のするがままにして、眠ったふりを続けました。すると彼女は囁き始めます。

  君、大鴉の王なれば
  我、荒々しき女傑なり
  海越え大地を彷徨し
  漸う君に目見えたり
  無上の望み叶いたり

彼はこの言葉を聞いて、すぐに自分と共にベッドに入っているこの娘が最初の妻であることに気付きました。そして、今目覚めたようなふりをして言います。「そこにいるのは誰だ?…ああ、これは何という悲劇だろう?」「いいえ」娘は言いました。「悲劇ではありません!…私です、お分かりですか。あなたに会うのにたいへん時間がかかってしまいました。」そうして王は彼女に、どうやってここまで、この王の寝室まで来たのかと聞きます。彼女は、三人の老婆が栗の実、胡桃、林檎をくれたこと、そこから三着のとても美しいドレスが出てきたこと、そして女王がその三着のドレスと引き替えに、彼女を三夜にわたって王と寝かせたことを話しました。王は言います。「聞いてくれ、あの王女がどんな人間なのか、今はまだそれを十分に知る人が他にいない。朝になったら今までどおり外に出て、鵞鳥たちのところにいてくれ。私に考えがある。」

それから数日後、王は王女に、十二人の王様を招待して饗宴を開くことを伝えます。王は招待状を出しまして、王たちが正餐の席にやってきました。そして食事が終わり、デザートに移りますと、皆はそれぞれ自分の街の繁栄ぶりを語ります。最後に大鴉の王の番となりました。「では私からもお話ししよう。私の友人である一人の王の話をしたい。この王は私たち同様、人の姿をしていたのだが、彼の両親にとって彼は大鴉の姿に映っていた。というのも、彼の母親が彼を妊娠していた間に誓いに背く行いをしたからだ。そのために彼らの目には大鴉と映るようになったのだった。その王国で彼は結婚し、彼はその妻に、彼が若者の姿であることを誰にも話さないようにと言い含めていた。しかし彼女はすべてをその叔母に打ち明けてしまったのだ。こうしてその王はすぐにそこから立ち去り、遠い遠い別の街へと赴いた。そこで彼は再婚したのだが、誰も想像できなかったことに、最初の妻がはるばるその街へと彼を探しにやってきたというのだ。その妻は彼を探すために鋼鉄の靴を三足履きつぶし、あらゆる出来事を乗り越えてきた。そして二番目の妻はというと、三着のドレスを欲しがるあまり、最初の妻を三夜にわたって彼と寝かせたという。もし彼を殺そうという意志を持った者であったなら、この女は三着のドレスと引き替えに彼の命を差し出したということになる。さて、この二番目の妻には何が相応しいだろうか?」そして彼は長老の王へ向き直って言いました。「偉大なる陛下、陛下はここにいる我々の中では長老でいらっしゃいます、この二番目の妻には何が相応しいか仰ってください。」長老は立ち上がって言いました。「その女は広場の真ん中へ引き出し、松脂の樽の上で火刑に処すのが相応しい。」そこで大鴉の王は二番目の妻をそこへ引き出して言いました。「この女を火刑に処せ、この女を焼け!」

刑を行われ、大鴉の王は鵞鳥係を娶りました。あらためて婚礼を行い、二人はずっと仲良く暮らしたということです。


……諸侯を招いた正餐の場面でデザートと訳したのはtola bianca [tavola bianca]という言葉で、以前もどこかで出てきたはずだと思ってざっとこれまでの話を見返してみたがどうにも見つからない。省略してしまったのだったか。ともあれ今回改めて調べたところ「Pospasto; l'ultimo servito che si mette nella mensa」と出てきた。単なる食後のデザートのようだ。

さてこの大鴉、パン屋の娘たちのときは結婚前から慎重に為人を見極めていたというのに、二度目の妻については吟味が雑だったのは何故か。娘が叔母に秘密を話したことは感じ取れたのに、二番目の妻が欲に目が眩んでワインに睡眠薬を仕込んだことを召使いに言われるまで見抜けなかったのは何故だろうか。例によって深く考えてはいけないところのようだ。

それはそうと、北欧神話にフギンとムニンという大鴉がいる。朝にオーディンの許を発ち、夜に帰ってくるということで、今回は「世界中を巡っている」というヴェント、ルーナ、ソルの動きと似ていたために引っかかったのだが、この二羽については太陽との類似性を見るのが適切だろう。鴉が太陽の眷属であるという話もよく聞くものの、今回の話で太陽が大鴉の居所を知っていたというのは風、月、太陽と並んだときの太陽神の優位性のためであって、大鴉が太陽の眷属であったからではない。何しろ洗濯物を干していたときに見かけただけだというし。それにまた、この物語では大鴉が忌み嫌われる存在とされているのも厄介で、結局平仄が合わない。例によってとっ散らかしたまま次に進むしかないようだ。