美人の母とより美しい娘について

前回「mezzo」という語を仮に「半身」と訳しておきながら、そこで何か大事なことを思い出せないでいるような気がずっとしていたのだが、これがあろうことかカルヴィーノの「まっぷたつの子爵」だった。肝心なことというのはひととおり終わって気の抜けたところで思い出すものである。終わるまでは敢えて細かいことを気にしないようにしている、ということであるのかもしれない。

どこかで息を吐き、来し方を振り返る時間が人には必要なのであろう。さて、小休止のことはイタリア語で何というのだったか。


BELA LA MARE, MA PIU' BELA LA FIA

あるところに母と娘がありまして、母は宿の女将をしておりました。二人ともとても美しかったのですが、娘はことに母より美しいのでした。そのオステリアに通う客はみな、「女将さんは綺麗だ、でも娘の方がもっといい」と言うのでした。

自分より娘の方が綺麗なのをずっと苛立たしく思っていたその母が、ある日何をしようと考えたと思いますか? 彼女はオステリアに出入りする客の一人をつかまえて言いました。「彼女を拐かしてさ、腕を切り落としてどっかの堀に突き落としてやってくれよ、そしたらあんたに欲しいだけの金をくれてやるさ」。しかしその男は、そんな大それたことをやる勇気はない、と言いました。

そこで彼女は別の男をつかまえ、その男はお金のためにそれを引き受けたのでした。男は可哀想な娘をつかまえて母の下から遠くへと誘い出し、とある野っ原へ連れ込みました。彼は野原の真ん中へ来ると彼女の両腕を切り落とし、溝の中へと突き落としました。そうして男はその両腕を取り、母の元へと届けます。彼女は約束していたお金を与え、男は去っていきました。

それから数時間後、可哀想な娘がまだ溝の中にいたところへ王と召使いを乗せた馬車が通りかかりました。召使いは溝の中からうめき声がするのを聞いて言います。「お聞き下さい、お聞き下さい陛下、この溝の中に何かおりますぞ!」王もまたそのうめき声を聞いて言いました。「停まれ、停まるんだ、何がいるのか見てみよう」彼らが馬車を停めて見てみると、両腕のない、とても美しい女性がいました。王は言います。「ああ可哀想に、何と無念なことだ、家へ連れて帰ろう」そうして彼らの棲む家へ帰ると、王はその娘を見つけたときのことを母へ話しました。そして言います。「私が見つけたのです、私は腕が無くとも彼女と結婚したいと思います」母は彼女の姿に深く同情し、彼が彼女と結婚することを喜びました。

それから少ししてその妻は身ごもりましたが、八ヶ月になったところで、陛下にすぐさまお出ましになるようにとの命令がありました。王は身重の妻を置いていくのを残念に思いましたが、一方でさほど心配はしませんでした。というのも、妻をよく世話するように、彼が普段しているのと同じようにしてくれるようにと母に頼んでいたからです。そして出発前には、彼女が出産したら様子を知らせてくれるようにとお願いしました。

そして出産のときが来て、妻は可愛い女の子を産みました。母はすぐに息子に宛てて、彼の妻が可愛い女の子を産んだことを知らせる一通の手紙を書きます。彼女は一人の馬丁にそれを持っていくように命じました。

思いも寄らぬことですが、この馬丁はあの娘の母のオステリアへ立ち寄りました。そこで彼は食事をします。彼の食事中、女将は、彼がどこを目指しているのかと尋ねました。すると彼は、あるところへ手紙を届けに行くのだと答えます。そこで彼は、両腕のないあの娘の身に起きたこと、彼女が王と結婚して女の子を産んだことを語って聞かせました。「ああ」女将は心の中で言いました。「私の娘だわ!」

馬丁はその夜そこへ泊まりました。そしてこの人でなしの女将は何をしたとお思いですか? 彼女は急いで、彼の妻は赤ん坊の代わりに犬を産み落とした、という手紙を王様宛てに書きます。そして馬丁が眠っている間に巾着から手紙を取り出し、嘘の手紙を入れました。そして朝になって馬丁は目覚め、この人でなしの思惑どおりに旅路を続けますと、王にその手紙を届けました。

王はその手紙を読んで顛末を知りました。そして彼はすぐに母に宛て、彼が妻の身に起きたことを残念に思っていること、それでも彼女に今までどおり良くしてやって欲しいこと、そして彼がすぐに帰ることを知らせる手紙を書きました。

馬丁が来た道を戻るときのこと、彼はまたあのオステリアへ寄りました。女将は言います。「それでどうだったんだい?」彼は言いました。「いや、俺には分からん。ここに返事は持ってるが、何が書いてあるかは知りようがないさ」彼女はどうしても中身を知りたかったので、馬丁にその夜もそこに留まるよう頻りに唆し、食べ物や飲み物を出してやります。そうして馬丁はその夜もそこへ泊まりました。彼が眠ると、彼女は手紙を盗み出して読みました。そして王が母に宛て、彼は起きてしまったことを残念に思い、すぐに家へ戻ること、それでも今までどおり良くしてやって欲しいと書いたことを知ります。彼女はすぐにまた一通、もう妻のことは一切知らない、彼が家へ戻る前に彼女を殺してしまうように、という手紙を彼の母に宛てて書きました。そして彼女は、馬丁が目覚める前にその手紙を巾着の中に入れます。朝になって馬丁は起きると、女将に挨拶して手紙を女王に届けました。

女王は手紙を読み、ひどく消沈して言いました。「彼女を殺さずに追放することにしましょう」そして彼女はあの娘を呼んで言いました。「見てちょうだい、王は貴女を殺すように言って寄越しました。彼がどうしてこのような命を下したのか私には分かりません。でも私は貴方を殺さず、貴女が子どもと共に生きていけるように金子を一袋与えます」女王は彼女と赤ん坊を抱きしめて心からのキスをすると、彼女らを馬車に乗せ、そして馬車は国の外へと向かいました。そうして彼女は小さな家を見つけ、二人の召使いを雇いました。一人は彼女の、もう一人は娘のためです。かの金子は当面の間貴婦人として暮らすのに十分なほどでした。

ではひとまず彼女たちのことは措いておきましょう。

王は家へ帰ってきました。門を入るや否や彼はひどく心配しながら母親のところに駆けつけますと、母は言います。「ああ、我が息子よ、どうしてあの可哀想な娘に死を与えよなどと言う命を下したのですか?」王は答えます。「死を与えるですと?」―「これがお前の寄越した手紙です」。王はその手紙を見ていいました。「これは私の字ではありません」そして言います。「貴女は彼女が犬の子を産んだという手紙をお書きになってはいませんか?」―「何ですって?」彼女は言います。「私は彼女がとても可愛い女の子を産んだと書いたのですよ」―「なんてことだろう!」王は言いました。「これは何か不正なことがあったのではありませんか?」彼は深い絶望に陥りながら、馬丁を呼びにやりました。そして言います。「お前はこの筆跡を知っているか?」馬丁は言います。「存じません」―「それでは」王は言います。「お前が手紙を届けに来たときどこへ立ち寄ったか説明せよ」―「ああ」馬丁は言います。「私はいつも立ち寄るオステリアへ参りました!」王は言いました。「よし、ではすぐに私と来るがいい」そこで母が言います。「私は彼女を殺していません。私は赤ん坊と一緒に彼女を逃がし、しばらく身を隠せるように金子を与えています」―「よかった、よかった!それでは私は命に代えても彼女を見つけに参ります」―「残念ですが」女王は言います。「見つけに行こうとて、彼女はお前を恐れて国の外まで行ったのですよ」―「国外であろうと」王は言いました。「私は参ります」彼は母へ挨拶して出発すると、国の外へ向かいました。

王が国外へ出ますと、彼と妻にとっては幸運なことに、彼は偶然彼女のいる家の前へたどり着きました。可哀想な彼の娘は両腕がないので、彼は彼女を見てすぐに気付きます。そして彼女に呼びかけました。しかし彼女は彼が自分を殺しに来たのだと思い込み、びっくりして家に閉じこもってしまいます。そこで王は言いました。「違うのです、怖がらないでください、私の可愛い妻よ。私は貴女を連れ戻しに来たのです、危害を加えようというのではありません!」そうして彼はそばへ寄って言います。「貴女に死を与えよという命は私が下したのではありません、貴女が犬の子を産んだという手紙が来ても、私は母に、これまでどおり貴女に良くしてやって欲しいと返事をしたのです。何か不正なことがありました。それを明らかにするために私は馬丁を呼び、どこへ泊まったのかと尋ねました。すると彼はいつも寄っている女将のところへ泊まったと言うのです」彼女はすぐにそれが自分の母親のことだと気付きました。そこで彼女はすべてを夫に話します。そして言いました。「今回のことも私の母がやったに違いありません。彼女のことがすべて分かるわけではありませんが、これは彼女のやり口です」王は言いました。「分かった、もう十分です! 私と一緒に来て、貴女の母がいるところへ私を連れていってください」そうして彼らは出発しました。

彼らはあのオステリアの近くへと来ますと、王はとある家へ妻と娘を預け、そうして精一杯に和やかな様子を保ってオステリアの中へ入りました。

そこで彼は自分の妻にそっくりな女将に会い、そして食事を頼み、食べ始めました。しかしそのご馳走も彼の怒りを鎮めることなど出来ません。彼はどうにかして女将に食事の礼を言うと、彼女に子どもはいるかと尋ねました。彼女は娘が一人いたが、もう死んだのだと答えます。彼は言いました。「彼女は母親に似て綺麗だったでしょうね?」彼女は言います。「まあ、あの子は私よりもっと綺麗でしたよ…でも、天はあの子を連れ去ってしまいました!」―「よく分かりますとも」王は言いました。「貴女には貴女より綺麗な娘がいた、そして彼女には両腕がなかった」女将は顔色を変えました。それに気付いた彼は言います。「何か苦しいことでも? 顔色が悪いですよ」―「いえいえ! 何もありませんって」彼はそこで話を終えてテーブルを立ち、挨拶をして外へ出ました。そして妻と娘を迎えに行き、一緒にオステリアへ入ります。彼の妻も夫と同様、入口で女将に挨拶するとすぐに母だと分かりましたので、中にいた人々にも聞こえるように言いました。「こんにちは、お母さん!」そして彼女に自分の娘を見せて反応を伺います。しかし女将は何も言いません。そこで王は言います。「死んだという貴女の娘は彼女のことではありませんか? そして貴女の娘が産んだという犬の子はこの子のことではありませんか?」その言葉を聞くと女将は失神して倒れてしまいました。人々はこの母親の非道で残虐な行いを知り、皆が皆、彼女のやったことは死に値する、もう悪さをしないように殺すべきだと言いました。そこで王は妻に言います。「私が死刑を下すように決めてください」彼女は彼に死刑を下してほしくないと言います、彼女は自分の母親だからと言うのです。しかし彼はそれを聞き入れませんでした。―「いいですか」彼は言います。「貴女があの女の娘ですって? 私にはそうは思えません」

そこで彼は瀝青の樽の上に彼女を立たせ、みんなの見ている中で彼女を火刑に処すよう命じます。そうしてこの人でなしの母親は焼き殺されました。夫婦は家へ戻り、ずっと平和と安寧の下で暮らしました。


……途中「野っ原」と訳したのはcampoで、これはヴェネツィアに馴染みがあるものとしては即座に市中の広場を思い出す言葉である。Calle dei assassini「暗殺者通り」というものがあることからも分かるように、死角の多いこの街では人を拐かして殺傷することに何の不自由もないのであるが、その後の展開を考えると島内では距離が近すぎる。馬丁が宿を取っていることから考えても市中の話とは思えないのでそのようにしておいた。

さて、御伽噺で娘を苛むのは継母だというのが定番であるが、ときには血がつながっているからこそ起きる悲劇もあることだろう。何とも殺伐とした話であるが、娘の母親が一分の隙もない悪人である代わりに王とその母親が底抜けに人格者であったのが救いである。王が妻を探しに出た途端に都合良く見つかるところ以外はまともすぎて突っ込みどころもない。ないところを捏ねくり回す時間もないので今回はここまで。