太陽と月と風について

前回の続き。


こうして彼女は巡礼の身なりを整え、旅に出ました。歩きに歩き、荒野を越え森を抜け、山を越えて歩きました。一足目の鋼鉄の靴をすっかり履きつぶした頃、彼女は一軒の家を見つけました。その扉をたたきますと、老婆の声が聞こえます。「扉をたたくのは誰だい。何日も、何ヶ月も、何年も、この扉をたたくものはなかったのに。」「お願いです」巡礼の娘はいいました。「ここを開けてください、ここは死ぬほど寒いのです。」老婆は扉を開けて言いました。「まあ、かわいらしいお嬢さんだこと!…でもキリスト教徒が一人もいないこんな荒れ地や森の中に迷い込んで、いったいどこへ行こうというんだい?」娘は言います。「大鴉の王を探しているのです。」「聞いたことがないね。」老婆は言いました。「とりあえず一緒にうちの伜のヴェント[風]のところへ行こうか。伜は世界中を吹き巡っているから、何か知っているだろうよ。そしてね、家に着いたらすぐに隠れるんだ。伜は帰ってきたときには飯を食ってないからね。」そのうち、ヴェントが帰ってきて言いました。「くんくん…キリスト教徒の匂いがするぞ! 誰かいるのか、それとも誰か来てたのか。」「こっちへおいで」彼の母は言いました。「こっちへ来てご飯をお食べ。」そして彼女はインゲン豆とパスタのスープ[pasta e fasioi]の大鍋と籠一杯のパンを持ってきます。しばらくして彼女は言いました。「まだ食べるかい?」「いや」ヴェントは答えます。「もう満腹だ。」そこで老婆は言いました。「よし、じゃあ可愛い娘を連れてくるけど、その娘を食べるかい?」「いや、食べない。」そこで娘がやってきて、ヴェントは彼女がどこへ行くつもりなのかと尋ねますと、彼女は大鴉の王を探しに行くのだと答えます。ヴェントは言いました。「そいつの話は聞いたことがないな」

朝になり、出発する前に彼女は老婆のところへ挨拶に行きました。老婆は言います。「この栗の実をあげるから持ってお行き。本当に必要なときまでこいつを割っちゃいけないよ。」娘は御礼を言い、立ち上がって旅に出ました。

彼女は歩きに歩き、長いこと歩いてもう一足の鋼鉄の靴をすっかり履きつぶした頃、遠くに小さな家を見つけました。その家に近づいてみると玄関の外に老婆が座り込んでおります。その老婆は言いました。「お願いだからどこかへお行き、もしうちの娘のルーナ[月]が帰ってきたら、あんたは一呑みにされちまうよ。」「いえ」娘は言います。「私はただ大鴉の王はどこへ行けば見つけられるのか伺いたいだけです。」老婆は言いました。「そういうことなら一緒に娘のルーナの家に行こうか。娘は世界中を巡っているから、何か教えてやれるかもしれない。でも着いたらとりあえず隠れなきゃいけないよ。娘はすぐに帰ってくるからね。」

ルーナは帰ってくるとこう言いました。「くんくん…キリスト教徒の匂いがするぞ! 誰かいるのか、それとも誰か来てたのか。」「これを取ってお食べ。」彼女はそう言って娘にリージ[ヴェネツィア風リゾット]の大鍋を持ってきました。ルーナがそのリージを平らげてしまうと、母は娘に満腹になったかと尋ねます。娘が頷くと母は言います。「よし、じゃあ可愛い娘を連れてくるけど、その娘を食べるかい?」「いやいや」ルーナは言います。「食べないって。」そこであの娘が姿を現すと、ルーナは聞きます。「こんな可愛い娘が、誰もいないこの荒れ地や森の中をどこへ行こうというんだ?」娘は言いました。「大鴉の王を探しに行くのです。」「教えられることはないね。」ルーナは言います。「そいつの話は聞いたことがないわ。」

朝になり、娘は出発のため起き出して、老婆のところへ挨拶に行きました。老婆は彼女に胡桃を一つ与えて言います。「この胡桃を持ってお行き。そして覚えておいで、本当に必要なときになるまでこいつの殻を砕いちゃいけないよ。」

そうして娘はまた新たに歩き出しました。彼女は歩きに歩き、ずっと歩いてさらに一足、つまり三足目の鋼鉄の靴を履きつぶした頃、また一軒の家を見つけました。彼女が扉をたたくと一人の老婆が出てきます。この老婆は言いました。「まあ、かわいらしいお嬢さんだこと!…でもキリスト教徒が一人もいないこんな荒れ地や森の中に迷い込んで、いったい何を考えているんだい?」娘は言います。「大鴉の王を探しているのです。」「さっぱりだね。」老婆は言いました。「すぐにうちの伜のソル[太陽]の家に行こうか。伜は世界中を巡っているから、そいつがどこにいるのかきっと教えてくれるよ。」着いたところで彼女は隠れ、そしてソルが帰ってくるとこう言いました。「くんくん…キリスト教徒の匂いがしますね! 誰かいるのですか、それとも誰か来てたのですのか。」「何言ってんだい、こっちへおいで」母は言いました。「こっちへ来てこれをお食べ。」そうして彼女はマカロニの入ったとてつもなく大きい鍋をテーブルに持ってきますと、ソルはそれをすべて食べてしまいました。そこで母は言います。「可愛い娘を連れてきたら、その娘を食べるかい?」「いえいえ」ソルは言います。「食べませんよ。」

娘が姿を現し、ソルはどうして彼女が誰もいないこんな土地へやってきたのかと尋ねます。彼女は、大鴉の王を探しているのだと答えました。ソルは言います。「今朝私と一緒にいたら会えたのですけどね。洗濯物を干しているときに見ましたよ。そのまま飛んでいってしまいましたが。明日の朝早くにここに来てください。私の光線の一つにぶら下がっていてくれましたら、大鴉の王の邸宅で降ろして差し上げます。」

退出する前、娘は老婆のところへ挨拶に行きました。老婆は娘に林檎を一つ与え、本当に必要なときになるまでこれを切ってはいけないよ、と言いました。

ああよかった!

そうして翌朝、彼女は早くに起き出し、ソルのところへ行きますと、彼は彼女をその光線の一つに下げて空高く上がり、長いこと彼女を運んでから大鴉の王の邸宅の真ん前に降ろしました。


……お日様が朝から洗濯物を干しているという絵柄がどうにも受け容れ難いが、「che go sugà la lissia,」の「go [ho]」というのはどこからどう見ても一人称なので間違いはないと思う。ソルだけは娘に対し敬体で話しているので前の二人とはちょっと口調を変えてあるのだが、朝からせっせと家事をこなした後に仕事へ出かける姿にも、彼の丁寧な人柄(人ではないのでお日柄?)が表れている、ということにしておこう。

さて、Pasta e fasioi [pasta e fagioli]というのはヴェネツィア料理の本に必ず載っている料理であり、芹男氏がヴェネツィアにいらした際、氏が店の飼い犬と戯れ、また常連らしい女の子に見惚れていた家庭料理の店で頼んだ覚えもある。だが今回改めて調べてみるとこれはイタリア各地にある郷土料理のようで、各々土地柄に合ったヴァリアンテがあるらしい。また一旦措いてその後のリージやマカロニについて見てみると、これがどういう味付けだったのかは一切描かれていない。その辺が雑でヴェネツィアらしさも今ひとつなのだが、裏を返せばパスタ・エ・ファジョーリも同列なのだろう。やはりヴェネツィア固有のものではなく、地方ごとに細部の異なる「おでん」や「炊き込みご飯」レベルの単語なのだと思われる。

そういえば昨日、知らずして購入し夕方の地方版ニュースで詳細を知ったのだが、「とぅんじーじゅーしー」なるものを初めて食した。「冬至雑炊」の沖縄訛りとされるが、実体は雑炊ではなく炊き込みご飯である。そうだと知らなければどうということはない料理なのでこれ以上記すべきことはないが、同じ郷土料理でも「大東寿司」の方は確かにこの地域でなければ作れない味であった。ただしそれだけのためにわざわざこの島まで来るかといわれたらそれは悩ましいところである。

ともあれ終盤へ続く。