林檎と皮について

今は南大東島に居るのだけれど、今年の四月から十一月の中旬までは十勝平野の果てに居た。経緯を説明すると長くなるのだが、一つだけ記すとすれば、ヴェネツィアーノのようにあちこちと渡り歩いて生きていくのも面白いかな、と考えてしまったということがある。最後の一押しがこの思いつきだったので、あの国で暮らした経験がなければこういう選択に踏み切ることなどなかったのは間違いない。

ただしそもそも管理職候補として転職したため、最近では一刻も早く私をオフィス詰めにしようとする動きもあるらしい。そうなったらオフィスをパラッツォ・ドゥカーレにして十人委員会をやればいいのか。

それはそれとしてこのご時世、仕事で離島へ渡ると待機期間というものがあって、御蔭で久しぶりに時間が有り余っている。もうここを見ている人もなかろうが、進められるときに進めておこうと思う。例のイタズラ三妖精が出てくるのが懐かしい限りだが、私と同様久し振りで今ひとつ調子が出ないのだろう、大したことはできていない。


POMO E SCORZO

あるところに夫と妻がありまして、二人はとても裕福でした。この妻には子がありませんでしたが、夫の方は子どもを強く望んでおりました。そんなある日のこと、夫は外出しますと、道で魔法使いに出会います。一言二言挨拶をした後、彼は魔法使いに、どうすれば妻が子を産むことができるのか教えて欲しい、と言いました。すると魔法使いは林檎を一つ取り出してこう言います。「この林檎を差し上げます。彼女がこれを召し上がれば、九ヶ月のうちに立派な男の子を産むでしょう。」夫は家へ帰ってその林檎を妻に与え、彼女がそれを食べれば九ヶ月のうちに男の子が生まれるだろうと言います。妻はとても喜び、下女を呼んでその林檎の皮をむいて持ってくるようにと言いました。下女は準備の最中にその林檎の皮を食べてしまいまして、それからその実を奥様に供しました。

数日後、奥様と同じように下女までもみるみるお腹が大きくなってきました。そんなある日、奥様は夫に言います。「あの下女もお腹が大きくなっているけれど、どうしたのかしら?」彼は言います。「呼びつけて、例の林檎の皮を食べてしまわなかったか聞いてみなさい。」この下女はいつも元気な人なのですが、べそをかきながら奥様の許へやってまいります。奥様は尋ねました。「どうしたのあなた、いつも元気なのにそんなに泣いて?」下女は答えました。「ああ、お聞きください!…私のお腹が大きくなって頭がくらくらするのです。ですが誓って身に覚えはございません。」奥様は言います。「先日あなたに頼んだ林檎があるでしょう、その皮を食べなかった?」下女ははいと答えます。そこで奥様は言いました。「落ち込むことはないわ。私と同じことがあなたにも起こるだけよ。」

下女の方へ先に陣痛が起こり、彼女は真っ白な、目を見張るほど美しい男の子を産みました。それから30分ほどして、奥様は青白い、これまでになく青白い男の子を産みました。旦那様は言います。「一人どころか二人も生まれたか。」そうして彼は二人とも自分の子供として扱い、分け隔てなく学問をさせて大事に育てました。

二人の子は成長し、お互い本当の兄弟のように仲良くしていました。そんなある日、彼らは世間の噂に、魔法使いの娘は街で一番美しい…まるで太陽のように美しいが、彼女は誰にも会わず、バルコニーに出てくることすらないのだという話を聞きます。そこで二人の若者はどうしたのでしょう? 彼らは家に帰ると父親に、お腹の部分が空っぽで、彼ら二人が入れるような青銅の馬を作ってくれるよう頼みました。その馬とともに世界を見て回りたいから、というのです。「お前たちは何を考えているのだ?」父は言いました。「そんな年で世界を回るだと?…本気なのか?」父はそんなことを許したくはなかったのですが、彼らが何度も何度もお願いするのでとうとうその馬を作ってやりました。

彼らは楽器の演奏がとても得意だったので、その楽器を持って馬のお腹の中へ乗り込み、旅に出ました。

彼らはいくつもの美しい街を通り過ぎまして、とうとう魔法使いの娘の居るところへたどり着きました。そうして娘の居る邸宅のファサードで演奏を始めます。するとバルコニーにあの魔法使いが出てきて、誰も乗っていないのに音楽を奏でる馬を見つけました。彼は中へ入って娘を呼びますと、娘もバルコニーに出てきてこの驚きの光景を見ます。そして娘はその馬を見た途端、これまでにないほど笑い出しました。父は娘が笑うのを見てすっかり満足します。というのも、彼女は生まれてこの方、一度も笑ったことがなかったからです。彼は娘に、この馬を客間に入れておきたいかと聞き、彼女がそうしたいと答えたので馬は中へ入れられました。

中へ入れられてからもこの馬は美しい音楽を奏で続けます。そのうちに父は出て行ってしまい、娘は一人になりました。

二人の若者は娘が一人になったのを見ると、馬のお腹から外に出てきました。娘はこれ以上ないくらい驚きましたが、彼らは、「怖がらないで静かにしてください、僕たちはただあなたに会いたかったのです。もう十分ですので、あなたがそう望むならすぐにでも出て行きます。」と言いました。娘はこの美しい若者たちがとても礼儀正しいのを見て、そのままここにいて演奏して欲しい、と答えます。彼女はその音楽がとても気に入ったのでした。そして彼女は門衛を呼び、この馬はいつでも出入りできるようにと言いつけました。

それから数日後、ポーモ[「林檎、果実」の意、つまり奥方の方の息子で、これ以降固有名詞化]は娘に、彼らはそろそろ家へ帰る予定だと告げます。彼女は、そんなにすぐに行ってしまうのは残念だ、もうちょっといて欲しいと答えました。そこでポーモは、「もし僕と一緒に行きたいのなら、僕の婚約者になってください。」と言いますと、彼女ははいと答えます。そうして彼女は財宝や金を取り集め、一緒に馬のお腹に入って皆で出て行きました。

彼らが出て行くとすぐ、魔法使いが家に帰ってきました。あちらで呼び、こちらで探し、あらゆる場所を見ましたが、娘はどこにもいません。彼はすぐに門衛を呼び、彼女は馬と一緒に出かけたのかと尋ねました。門衛は馬だけが出て行ったと答えます。すぐに彼は悲劇が起こったことを悟り、すっかり怒り狂ってバルコニーへ行くと、娘へ向かって三つの言葉を吐きました。

彼女は三頭の馬に出会う。一頭は白、もう一頭は赤、そして黒。彼女は白い馬が気に入り、その白い馬に乗るだろう。それが悲劇の始まりとなる

  さもなくば

彼女は三匹の子犬に出会う。彼女はその一匹を抱き上げようとするだろう。それが悲劇の始まりとなる

  さもなくば

ある夜、彼女はその婚約者と眠りにつく。その夜バルコニーから一匹の蛇が入ってくるだろう。それが悲劇の始まりとなる

魔法使いが娘に向かってこの三つの言葉を投げかけたとき、バルコニーの下を三人の妖精が通りがかりました。彼女たち三人はすべてを聞き、どこかへと去っていきます。

彼女たちは歩きに歩き、いい加減疲れたところで、あるオステリアに入りました。中へ入るとすぐ、彼女たちの一人は残りの二人に言います。「見てよあれ! 魔法使いの娘! オヤジが言った三つの言葉を彼女が知ってたらさ、絶対ここにはいられないよね。」

妖精の言ったとおり、そのオステリアにはあの娘と二人の若者がいました。娘とポーモは楽器を演奏しており、そしてスコルツォ[「皮」の意、下女の息子]も彼らの間にいましたが、客たちの騒ぎの中へ入って楽器を演奏しておりました。

妖精たちの一人が言います。「あの魔法使いは、『彼女は三頭の馬に出会う。一頭は白、もう一頭は赤、そして黒。彼女は白い馬が気に入り、その白い馬に乗るだろう。それが悲劇の始まりとなる』って呪ってたね。でも」この妖精は言いました。「もしそうなる前にその馬の首を刎ねたとする。そうすれば悲劇は起こらない。ただしこれを話した者は体が石化することにしよう。」

もう一人の妖精が言います。「あの魔法使いは、『道中、彼女は三匹の子犬に出会う。彼女はその一匹を抱き上げようとするだろう。それが悲劇の始まりとなる』って呪ってたね。でも」この妖精も言いました。「もしそうなる前にその子犬の首を刎ねたとする。そうすれば悲劇は起こらない。ただしこれを話した者は体が石化することにしよう。」

最後の一人が言います。「それにあの魔法使いは、『彼女がその婚約者と眠りにつく最初の夜、部屋に一匹の蛇が入ってくるだろう。その蛇が悲劇の始まりとなる』って呪ってたね。でももしそうなる前にその蛇の頭を切り落としたとする。そうすれば悲劇は起こらない。ただしこれを話した者は体が石化することにしよう。」

そうして妖精たちは去っていきました。

二人の若者と娘もまた旅立ちます。少し進んだところで、彼らは三頭の馬を見つけました。白、赤、そして黒い馬です。彼女はそれを見て白い馬に乗ろうとしましたが、そこでスコルツォが駆けだすと、その馬の首を刎ねてしまいました。彼女は怒り、すぐにでもどこかへ行ってほしくて、「こんなことをするのは悪い心を持っている証ですから、もうあなたとは一緒にいたくありません」と言いました。彼は、「理由も言わずに首を刎ねたが、あなたを不快にさせるつもりはなかった」と言い、許しを請いました。結局彼女は許しました。

彼らはさらに道を進み、彼らの家に近いところまで来たとき、とても可愛い子犬が三匹走り寄ってきました。娘はその一匹を抱き上げようとしましたが、スコルツォはそれを許さず、すかさずその子犬の首を刎ねました。彼女は前にも増して怒り、「もういい、たくさんです、大嫌いだからすぐにどこかへ行ってちょうだい」と言いました。

そうこう言っているうちに彼らは両親の家に着いてしまいました。父親と二人の母親は彼らを見るなり走り寄ってきて、無事に戻ってきたことをとても喜びました。両親たちはそのお祝いに豪華な宴を開きます。その席上で、ポーモは父と母に言いました。「この女性が僕の最愛の婚約者です。」しかし娘はまだ怒っており、スコルツォが非道いことをしたのでまずは彼を追い出してほしいと言って、白い馬と子犬のことをすべて話しました。宴席にいた人が皆で彼女をなだめ、許してやってほしいと何度も頼んだ末、彼女はやっと許してくれました。

皆が喜びにあふれ、それぞれが祝いの言葉を交わす中、スコルツォだけは一言も話さず、ずっと心配そうにしておりました。皆は彼がどうしてそんなに心配そうにしているのかと尋ねますが、彼は何でもないと答えるのでした。

皆が寝床につく時間となりましたが、そこでスコルツォはどうしたというのでしょう? 彼は調子が悪いと言い、誰よりも早く席を立ちました。そして二人の婚約者たちのベッドの下に身を隠したのです。その後婚約者たちも何も知らずにベッドに入り、そして眠りについた時分、スコルツォは板の割れるような音を聞き、大きな蛇が中へ入ってくるのを見つけました。スコルツォはすぐさまベッドの下から飛び出し、その頭を切り落としました。娘の方は部屋の中での騒ぎを聞いて目覚め、スコルツォが手にナイフを持っているのを見て言いました。「ああ、ならず者のスコルツォ! 前の二回は許しましたが、三回目は許しません、あなたは死刑にしてもらいます。」

そこへ召使いたちがやってきて彼を捕まえ、牢屋に入れました。その翌日、執行の準備が行われたところで、スコルツォは死刑になる前にあの娘に三つの言葉を伝えさせてもらえないだろうかとお伺いを立てます。人々はそれを許し、娘が呼ばれて彼のもとへ連れられてきました。そしてスコルツォは語り出します。「おぼえていますか、あるオステリアに泊まったときのことを。」彼女は言いました。「ええ、覚えています。」「いいでしょう…そこに三人の妖精が来ていました。その三人は、あの魔法使いが娘に三つの呪いをかけたといっていたのです。『彼女は三頭の馬に出会う。一頭は白、もう一頭は赤、そして黒。彼女は白い馬が気に入り、その白い馬に乗るだろう。それが悲劇の始まりとなる』と。しかしその妖精はこうも言いました。『もしその馬の首を刎ねる者がいれば、何も起こりはしない。ただしこれを話した者は体が石化することにしよう』と。」こう言うや否や、哀れなスコルツォの足は大理石になってしまいました。それを見て娘は言います。「もういい、お願いだからやめて…それ以上話さないで!」彼は言います。「死刑になるのですから、どちらにせよ同じことです。さて、妖精たちはまた言いました、『彼女は三匹の子犬に出会う。彼女はその一匹を抱き上げようとするだろう。それが悲劇の始まりとなる。』しかしこの妖精も言っていました。『その子犬の首を刎ねる者がいれば、何も起こりはしない。ただしこれを話した者は体が石化することにしよう』と。」その瞬間、哀れなスコルツォの体はひざから首まで大理石になってしまいました。彼はもう身動きできず、声も出にくくなっていましたが、それでも吃りながら言いました。「最後に妖精たちは言いました。『彼女がその婚約者と眠りにつく最初の夜、部屋に一匹の蛇が入ってくるだろう。その蛇が悲劇の始まりとなる。ただし…これを話した者は…体が石化する』…」そうして哀れな若者は全身が大理石になってしまいました。

この光景を見て、娘は激しく泣き出しました。「ああ、何て可哀想なことをしてしまったのでしょう!…もう私の父しか彼を解き放つことができません。」彼女は紙とペンを取り、父に宛てて、大いなる慈悲を以て彼女のしたことを許してほしい、是非とももう一度会いたいという旨の手紙を書きました。

魔法使いは娘が幸せになることを望んでいましたので、この手紙を受け取るや否や馬車と馬を用意させ、すぐさま出発しました。

彼が娘のところに着きますと、娘が駆け寄ってきて言いました。「ああお父様、どうかお願いです!…あの哀れな若者を御覧ください!…あなたが私に向けた三つの呪い、そして三人の妖精の呪いがもとで、この可哀想な青年は私の命を助けるために大理石になってしまったのです。ですからお父様、彼を解放してください。私のために彼が苦しむのは理に適いません。」父は言いました。「お前への愛に免じて、彼を解放してやろう。」彼はポケットを開けて香油の入った瓶を取り出すと、その香油をスコルツォに振りかけます。すると彼は元のとおりに戻りました。

こうして一度は絞首台に連れていかれた彼ですが、今度は大勢の人々が「スコルツォ万歳! スコルツォ万歳!」と叫ぶ中を、盛大な楽曲とともに家へ連れられていきました。


……蛇が侵入してくる場面、騒ぎになった時点で蛇の死骸はどこへ行ったのだろう。それがあれば誰が見たって二人を助けたことになるはずなのだが、それでは今ひとつ盛り上がらないか。またこの場面で「ならず者」と訳した「birbo」という言葉、ヴェネツィア語の辞書を引くと最初に「覗き」と出る。一般のイタリア語辞書だとこの意味は(古語)となっているものの、新郎新婦の寝床に闖入した者へ向けた言葉としてこれでいけるかと考えたが、凶器を持って立っている人間を見て使う言葉ではない、と思い直して上記のようになっている。

ヴェネツィアらしくも何ともないが、奥様と下女に同時に男の子ができたこと、下女の子供の方がイケメンなこと、それでも綺麗な娘と恋に落ちるのは正妻の子であることなど、じっくり考えてみると面白そうなところがいくつかある。が、今ひとつ頭が回らないので次の話に行こう。何せ長いのだわこれが。