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越えられぬ壁について

エアコンの故障が思わぬ方向へ転がった。典型的な「怪我の功名」というやつである。まあ、順を追って記すとしよう。

エアコンが動かなくなったその日、まずはパラッツォの共用部分、階段の踊り場にあるブレーカーをチェックしに行った。こちらでは電圧が安定しないうえによくブレーカーが落ちるというのはすでに何度か経験済みである。他の電化製品がすべて正常に動いているのでそこが原因だとは考えにくいのだが、他にやりようがないのでとりあえずチェックしに行ってみた。

見てみるとブレーカーが一つ落ちており、上げようとしてもまたすぐ下がる。日本であればこういうときは電化製品の方に漏電が起きている可能性が高い。先日エアコンの水漏れを修理してもらった際に排水経路を変更していたのが裏目に出て、配線の方に水が入った可能性もあるかとこのときは考えた。

このパラッツォでブレーカーが落ちるときというのは概ね他の部屋のも揃って一斉に落ちるというのがまたイタリアらしくて豪快なところで(何のためにブレーカーが個別になっているのだろうか)、電源が落ちてから部屋を出るのにもたついていると、隣人がこちらの部屋のものまでついでに上げてくれたりすることもある。したがって一つだけ落ちているというのがまた珍しい(日本では普通)。実際エアコンが動かなくなった日には廊下で話し込む声がしばらく聞こえていたし、私が考え至ってブレーカーを見にいったときにはケースが中途半端に閉まっていて、人の手が入った形跡があった。他の人も上げようとして上がらなかったのだとも考えられ、よって私が正しい復旧方法を理解していないという可能性も低い。

ところで一つ腑に落ちないのは、落ちているのが自分の部屋のブレーカーではないということである。先ほども書いたように他の電化製品は動いているので、何がどう関係しているのやらさっぱり理解出来ない。ともあれ週が明けてから(前回も書いたが、土日に連絡してもまず事態が動くことはない)症状をまとめたメールを書き、管理人氏に報告する。

その翌朝のこと、管理人氏がやってきて、どんな具合だ、と聞く。暑さで疲弊しきった私が症状を示そうとリモコンのスイッチを押したら、これが当たり前のように動くではないか。驚いた顔をしてみせた私に対し、管理人氏は、いや、オレの部屋のスイッチをちょいと上げてやったからもう問題ないのさ、と。管理人氏はこのパラッツォから十分ほど歩いたところに住んでいるはずであり、何を言っているのかよく理解出来ないので、後学のためにもそのスイッチはどこにあるのかと聞いてみた。

案内されたのは隣の部屋であった。この部屋にあるサブブレーカーが一つ落ちており、それを上げたからもう大丈夫、という説明である。この部屋は現在無人であり、何故これが落ちたのかは管理人氏にも分からないということであった。

しかしそれ以前に分からないのは、何故隣の部屋のサブブレーカーが落ちたら私の部屋のエアコンが動かなくなるのか、という点である。これに関しては何の説明もなかった。イタリアでは電気系統においても日本の常識は通用しないということか。仮にこの先何年もイタリアで暮らしたとしてもきっと理解出来ないことであろう。

ときに管理人氏が、オレの部屋、と言っていたのは管理人氏が所有する部屋且つ彼がデザインした部屋、という意味であり、どうもこのパラッツォは私の部屋の方の家主と共同経営しているもののようである。まだ日本にいた頃のメールのやりとりの中で、家主が「管理を任せている人」という遠回しな書き方をしていたのが些か気になってはいたが、どうも管理人氏という名称は改める必要がありそうだ。以下、名前の最初の文字を取って「マ氏」とする。マッカーサー元帥を略してマ元帥というふうに当時の新聞に記されていた例があるので、略称としておかしくはないはずだ。マ氏は本当はマ大佐なのであるが(後述)、ともあれ、イタリアにはマで始まる名前がいくらでもあるのでこれで迷惑がかかることはなかろう。

話は逸れるが、イタリア人の名前はものすごくありふれたものが多い。こぞって人と違う名前を付けたがる日本とはまた対照的である。これは生まれた日にちなんだ聖人の名前を付けたり、その街の守護聖人の名前を付けたりすることが多いからだそうな。だからヴェネツィアにはマルコという男性が非常に多いのだと教えられたことがある。ここで一応断っておくが、マ氏の名前はマルコではない。私はまだヴェネツィアでマルコと名乗る男性に会ったことはない。

逆に姓の方はバラエティに富んでおり、未だに、ああその姓は聞いたことがある、というイタリア人に会ったことがない。皆が皆聞いたこともないような姓であって、覚えるのに苦労する。まあ、そんなに知り合いが多いわけでもないのだが。

閑話休題、怪我の功名その一はまずこの隣の部屋を見せて貰ったことである。それはもう贅沢なものであった。私の部屋の三倍か、いや多分四倍以上の広々としたスペースにピアノやら高そうな椅子やらソファーやら大きなテレビやらが並んでおり、窓からは広場の様子がよく見える。内部の階段で階上に上がるとそこにはまた豪華な寝室や浴室、書斎が設えてあり、天窓がリモコンで動いたりしていた。家賃がどれくらいかかるものなのか想像もつかない。自分の部屋が常識的な広さであるし、家賃もまた常識的な価格帯なので油断していたが、やはりヴェネツィア、やはりリアルトである。どうも私は本当に「隙間」に住んでいるようで、隣人がすべてセレブに思えてきた。そしてそれ以上に、家主とマ氏がとんでもない人に見えてきた。いや、二人ともかなりの人だというのは最初から聞いてはいるのだが。

ちなみに最初の頃「最近どこへ行っても幅をきかせている東アジアの某国の人」が深夜まで騒いでいたという話を書いたが、内部の構造から判断するに、あの騒ぎは間違いなくこの部屋でのことである。あれは帰国前の最後の夜だったようだ。なんというかまあ、何もかもイメージ通りだからこれについてはもう何も言うまい。

怪我の功名その二は、後日、家主とマ氏から夕食に招待されたことである。不自由な思いをさせたお詫びという意味合いもあったのだろうか。何しろ例の部屋を見た後であるし、きちんとしたシャツを着てこいとも言われていたので、どんな店へ連れて行かれるのかとびくびくしていたのだが、これが完全に予想を越えた場所だった。

この先も長くなるのでここでいったん切ろう。