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モーダについて

所用あって近いうちにベルギーへ赴かねばならない。ここのところ普段使っている天気予報のアプリにブリュッセルの表示を追加して向こうの様子をチェックしているのだが、昼間の気温は似たようなものでも、最低気温が恐ろしく低い。

ヴェネツィアでも朝晩は冷えるようになって、薄手のジャケットでは間に合わないくらい寒く感じる。山育ちであって私の体は寒冷地仕様にできているはずなのにこちらでは妙に寒さが身にしみる、と雑談に話したところ、痩せたせいではないのか、と言われた。こちらへ来てから痩せたとは一度書いたが、それで寒さに弱くなるとまでは思い至らなかった。なるほど、体脂肪にもそれなりに重要な役目があるものである。別に落とそうと思って落としてきたわけではないので後悔するということでもないが。

昼間、日差しのあるうちはそこそこ暖かいので、ヴェネツィアの観光客や力仕事の人の中には未だに半袖や短パンの人が居る。しかしヴェネツィアーニはもう軽めのダウンジャケットを着ているし、中にはがっちり冬物のコートを着ていたりする人もある。というわけで、先日はcappottoコートを探して島内を歩き回った。

ここしばらく気をつけてショーウィンドウを覗いていたのだが、カンポ・サン・バルトロメオの店は雰囲気はいいものの€1000くらいするので手が届かず、リアルトにある三軒の店のうち二軒はアメリカのブランドなのとドイツのブランドなのとで回避。イタリアに来ているのに無粋なアメリカのブランドのものを買うことほど下らないことはない。ここはやはりきちんとしたイタリアのものを持って帰りたい。

三軒目の革のコートは気になってはいたのだが、基本的に黒ばっかりなのでやめにした。最初の頃にも書いたが、ヴェネツィア人はひたすら黒を好む。そういえば日本にいた頃、こちらの大学からいらした先生が黒のシャツに黒のジャケットを着ているのを見て圧倒された覚えもあった。何だったか、とにかく高位の役職なのだが、昔のヴェネツィアでは全身真っ黒の格好をしている役職があったと塩野さんの本で読んだような記憶があって(芹男さん御確認願います)、それにちなんでいるのかと思ったらそうでもなさそうである。とにかくみんな黒いので、これがベースの色なのだろう。迷ったらとりあえず黒を着ていれば安心なのである。みんなが同じ地味な色のものを着ているのは日本人のようでもあるが。

たまに明るい色のパンタローニ(イタリア語ではズボンともパンツとも言わない)を穿いている人も見かけるが、彼らはおそらくヴェネツィアーニではない。イタリアでも南部と北部ではまったく感覚が違うようで、何にしても北部は落ち着いたものである。

サン・トマの店にはいい色のものがあった。値段もお手頃である。イタリア人風の名前だが創業地は当時ドイツ領で今はフランス領、だけれども今の元締めはドイツ資本という自動車メーカー(これだけで分かる人がいるだろうか)と同じ名前のブランドで、洋服のブランドとしては日本で見たことがない。車の方は大阪で走っているのを一回だけ見たが。

創業者はイタリア人だし、どっかで服飾メーカーが枝分かれしたのかなと思って調べてみたらどういう訳かフランスでもイタリアでもなくドイツのブランドだったのでここもやめにした。これだからヨーロッパはややこしい。だからあまり国にこだわることに意味は無いのかも知れないが、日本人としてはそうもいかない。ヴェネトは特にオーストリアやドイツとのつながりが大きいし、北にある分だけ気候も近いので、ドイツ風のがっちりしたものも好まれるのかも知れないが、私はやはりイタリア風の柔らかいデザインのものの方がよい。

とにかく、欲しいのは青色のコートである。ウェネーティコと呼ばれていた古代のヴェネツィア人はほとんど青色の服装をしていたと家主の本に書いてあったので、それに合わせたいとの思惑があるのだ。こちらで売っているものは青というよりどれも藍色に近いのだが、こちらへ来たばかりの頃、この藍色のワンピースを着ている女性を何人か街で見かけ、その美しさに感心したという記憶もいくらか与っている。

他にヴェネツィアの色と言えば、緋色に近い紫色であろうか。プリニウスが無駄な贅沢品だと文句を言っていた高価な紫染料を使ったもので、ヴェネツィア共和国の旗に使われていた。この旗も買って帰りたいと考えているのだが、どうも土産物風の安っぽいものしか見つからない。

それにしてもイタリアの店がイタリアのブランドを扱っていないのはなぜだろうかと思ったが、これについては一日歩き回った末、イタリアのブランドは高いので街中のお手頃価格の店では売れないのではないか、という仮説を立てるに至った。

駅の辺りからカンナレージョを突っ切ってみるが、こっちの方には紳士服の店がほとんどない。リアルトへ戻る途中、ダメ元で前回こき下ろしたCOINに入ってみた。紳士服売り場へ行ってコートを見ているとすぐに店員が寄ってくるが、こちらではそういうものなので仕方ない。

イタリアではとにかく人を介在させないと何もかも進まない。何度も書いているようにスーパーでも肉や惣菜を買うのには量り売りのカウンターへ行かなければならないので、メモしたものだけを買おうと思って行ってもえらく時間を取られる。一人一人きっちり相手するので、やたらと待たされるのである。

タバコや飲み物については自動販売機というものも稀に存在しているが、どうもこちらの人は他人の手を煩わせないと買い物をした気にならないようである。サン・マルコ広場近くの路地に自販機を並べたブースがあるのだが、人がいるのを見たことがない。また、駅で切符を買うのも自販機でできるのであるが、手数料が余計にかかるのに有人のカウンターへ並んでいる人も多い。ちなみにRegionaleレジョナーレ(普通電車)やRegionale veloceレジョナーレ・ヴェローチェ(快速)の切符の場合、菓子や新聞などを売っている駅構内の売店で区間乗車券を買った方が早い。これは有人カウンターはもとより、あろうことか自動販売機よりも早い。

こちらの切符の自動販売機では、まず行き先を入力することを求められる。すると利用できる電車の時刻と価格がずらっと画面に示され、その中から乗りたい電車を選ぶと、一等にするか二等にするか、座席の位置はどこがいいか、人数は何人分か、復路の切符も要るか、支払いは現金かカードか、といちいち答えていかないといけないのである。きっと有人カウンターでのやりとりをモデルに作られているのであろう。ちょっとパドヴァまで行きたい、電車の時間も分かっている、というときには煩わしいことこのうえない。

というわけでこちらでは会話ができないと生活に必要な最低限の買い物にも困るので、イタリアへ旅行をされる場合は少なくとも英会話能力かイタリア語会話集などの本が必須である。店へ入るとすぐに人が寄ってくるというかなんというか、とにかく店の空間についての概念が違うので、どこでもまず店舗内に入ったらそこの店主なり店員なりに挨拶をせねばならない。また街を歩いていると、時折店の入口を塞ぐように立って誰かとお喋りをしていたり、一人でただぼうっと通りを行き交う人を眺めている人を見かけるが、これは暇を持て余した店主であるので、用事があるならこの人に挨拶して店内に入れて貰うということになる。しかし中へ入って挨拶して会話したうえで何も買わずに出てくる、というのには非常に高度な会話能力を要する。

いろいろやりとりをするなかで、「こういうものが欲しかったのだがここにはなかった」、あるいは「ちょっと高すぎる」「ここが気に入らない」などと説明ができれば店主の方でも奥からいろいろ出してきてくれるし、それでも駄目なら、じゃあ仕方ない、また機会があれば、と気持ちよく送り出してくれるが、一軒一軒全力で対話していたら目当てのものを見つけるのに何日かかることやら。のんびり生きているイタリア人ならそれでもいいのかもしれないが、そんなやりとりに付き合う意志は私にはないし、そもそも私のコミュニケーション能力では一軒回っただけでその日の精神力を使い果たしてしまう。

買い物をする場合、とりあえずショーウィンドウから商品や価格帯を物色して、これと決めたら意を決して中へ入る、というのがこちらでの基本的な作法である。だからこちらのショーウィンドウはどこでもやたらと大きいし、店の人は暇があれば営業時間中でも表のガラスを磨いている。

ともあれ、グレーのものを勧めてきたCOINの店員に青いものが欲しいと告げると、なかなかのものを出してくれた。有名なブランドのものではないが、きちんとしたイタリア製のものである。藍色のものはもう一つあったが一割以上も高く、「そちらが高いのは品質ではなくてブランド料なのでこちらの方がおすすめです」と言われた。たしかに「そちら」はどこかで見たようなブランドである。しかし安い方でも、また外国人なら10%オフ、というキャンペーン中であっても結構なお値段である。ちょっと予算を超えているので「申し訳ありません、決断できないので考えてからまた来ます」と言い残して昼食のために一度帰宅する。

絶対駄目だとは思ったが、昼からは一応サン・マルコ方面へ行ってみる。しかしやはりこの界隈にある店のものはどれも軽く€1000を越えていた。中には€5000くらいするものもあって、こういうものを買える人は一体どういう人なのだろうかと思った。

アカデミア橋から大回りしてリアルトへ帰り、これで店舗の多い地区はすべて回ったのだが、結局めぼしい店は見つからず。冬用の厚手のジャケットに着替え、これで袖が通ったら買うと決めてからまたCOINへ赴く。店員はさすがに私のことを覚えていて、袖直しのための試着を経てお会計。

来週金曜日からベルギーへ行かなければいけないのだ、と言ったら袖直しにかかる期間を念入りに確認してくれたのはいいのだが、土曜日に買い物をして仕上がるのが水曜日の夕方というのはどういうことか。木曜日の夕方には用事があるので、出発前のタイミングとしてはギリギリだった。この一日歩き回りながら、そう急ぐことはないのではないか、私は何をそんなに焦っているのだろう、と不思議に思っていたのだが、イタリアの時間の流れに対応して早めに動くよう、本能的な警戒心が働いていたのではないかとも考えられる。しかしこれ、観光客であったら洋服の買い物は事実上不可能ではないのか。

それはそうと、会計のときにまた気になることがあった。スーパーでは使えないし、余計な買い物をすることはほとんど無いのでJCBのカードを出す機会は滅多にないのだが、店員がJCBを「ジェイビーシー」と間違えて発音したのである。二回目くらいまではちょっとした言い間違いかとも思えたが、違う人が同じ間違いを繰り返しているという実例が重なってくるともう偶然とは言いづらい。日本人がsimulationを「シュミレーション」と言ってしまうように、イタリア人には発音しづらい音の並びというものがあるのだろうか。