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黄金の果実について

バッカラ関連レシピの翻訳が済んだのはいいが、出来上がった後に数えたところその数は重複分も含めて26に上った。この重複分というのは例の「バッカラ・マンテカート」で、これは基本中の基本料理なのでどの本にも載っているものなのだが、どれを見比べても細部が違う。きっとイタリア人の数だけ異なったレシピがあるのだろう。相変わらず自己主張の強い人たちであることよ、と思ったが、日本におけるカレーのようなものだと考えれば事情は何処も似たようなものなのかも知れない。残りのレシピも似たような材料と似たような調理法のもので、苦労して訳した割に達成感は少なかった。

例によって話が明後日の方向へ向かうが、過日六甲の居酒屋で飲んでいた際、おでんのメニューとしてトマトを出す店があるという話を顔馴染みの客から聞いた。正確にはその出汁を使って別にトマトを煮込んだものだそうだが、冬の料理に夏の食材の組み合わせというのは何となく落ち着かない。ルールとか作法とかいうものはこうやってなし崩しに変化していくものなのだろうかと眉を顰めたが、そこでヴェネツィアの民話の本に「Pomo d'oro」という題の話があったことを思い出した。

バッカラ関連レシピにおいてもイタリア料理に欠かせない食材であるトマトの出番は多かったのだが、これをイタリア語でpomodoroという。pomo d'oroが元の形で、pomoというのは果実を指し、oroとは金のことである。因みにPomonaというのは古代ローマの果実の女神、豊穣の女神であって、この名はもちろん『博物誌』にも出てくる。

季節はすっかり秋となり、今さらトマトの話をするのもどうかとは思うのだが、以前も書いたとおり、元々このブログをご覧になる方々は余程の物好きに限られているので問題なかろう。誰からも見られる場所に在りながら誰にも顧みられることがない、というのは執事に欠くべからざる素質である。

例の民話は何しろヴェネト語で書かれているから翻訳には時間がかかるものと覚悟していたが、意外なことに一通りノートに書き写した時点で概ね話が理解できた。zogarという単語を見て十秒ほど考え、ああgiocareか、と分かるようになったのはヴェネツィアに一年間住んだ功徳か、はたまたルイージ・プレットの御加護か。また一つ金にならない技能を身に付けてしまった自分が頼もしい限りであるが、ともあれ話の方をお目にかけよう。

POMO D'ORO
あるところに一人の王様がありまして、この王には三人の娘がおりました。みな美しかったので王は三人ともとても可愛がっておりましたが、その中でも末娘には格別に目をかけておりました。ある日のこと、王は行幸し、戻った際に三人の娘に贈り物をします。長女にはイヤリング、次女には指輪、そして末娘には黄金の実(トマト)をあげました。

上の二人の娘は望んだものを父から与えられたにもかかわらず末娘を妬み、このトマトまでも自分たちのものにしようとします。ある日、二人はこう言いました。「ねえちょっと、みんなで遊びに行きましょうよ。」末娘は答えます。「ええいいわね、さあ行きましょう。」三人は連れ立って出かけました。

三人は歩きに歩き、dô montagne(二つの山、固有名詞)があるところへ着きました。「さあ着いたわ。」長女はこう言うと、無言でナイフを取り出し、末娘を殺してしまいます。そして二人は末娘の腸を引きずり出してその場へ残し、遺体はまた別の離れた場所へ捨てました。

彼女たちが戻るとすぐ、父はこう言いました。「末娘はどこだ?」彼女たちは、「三人皆で遊びに行ったのですけれども、末の娘は走ってどこかへいってしまったのです。だからあちこち探したのですけれど、見つけることはできませんでした。」と答えました。そのとき王がどれほど悲しんだことか、想像できるでしょうか! 彼はすぐに国中の人々に向かって娘を探しに行くように命じ、娘を連れ戻したものには莫大な褒美を取らせると宣言しました。そのため皆があらゆる場所を探して歩きましたが、彼女を見つけることはできませんでした。それもそのはず、彼女はとっくに死んでいたからです。ではここで父親のところから離れて、姉たちに殺された娘の方へ目を移すこととしましょう。

少し後、件のド・モンターニェの中腹へ一人の農夫が通りかかり、そこにあった綺麗な腸を見つけました。彼は言いました。「これはいい、一つギターを作ってこの腸を弦にしよう。」そして、いい音がするかどうか試しに弾いてみたところが、その音色はこう言っているように聞こえました。

  《歌えや歌え、可愛いおまえ
   二人の姉さん、狂った雌犬が
   ド・モンターニェで私を殺した
   黄金の実が食べたいばかりに
   歌えや歌え、私のいい子!》

彼は他の綺麗な曲を弾こうとしましたが、このギターはうんともすんともいいませんでした。この歌以外は何も歌おうとしないのです。「まったくおれは運がいい、このギターと一緒にあちこち巡ればポレンタを食うには困らないぞ。」そして彼はこのギターを携えて出かけ、道端で演奏してそれまでにないお金を儲けました。ギター自身が歌うなんてのは前代未聞だったからです。

ある日のこと、彼はあの王様の街に到着しました。例のように演奏しながら王の屋敷のバルコニーの下を通りがかり、王はギターがあの歌を歌うのを聴きました。

  《歌えや歌え、可愛いおまえ
   二人の姉さん、狂った雌犬が
   ド・モンターニェで私を殺した
   黄金の実が食べたいばかりに
   歌えや歌え、私のいい子!》

王はこの歌を聴いてすぐ、末娘が歌っているのに間違いないと思いました。そして人を遣り、「すぐに来てそのギターについて詳しく教えよ、もし来なければ牢屋へ入れるぞ。」とその男に伝えました。すると男は「生活のためにここへ来て流しをしているのです、私はここに留まります。」と返事をします。王が怒って「とっとと来い馬鹿者め!」と言いますと、彼はこう答えました。「どちらかというと行きたくありません、王が何かくださると仰るまではここにおりたいものですね、なにしろ私はロンバルディアの家族を養わなけりゃならんので。」

この遣り取りで王はやっと理解し、このギターが歌うのを聴き続けたかったのでこう言いました。「歌え歌え、百姓め、なかなか気に入ったぞ。」ギターは二、三度あの歌を歌い、そして何も言わなくなりました。そうしてから王はこの農夫に言います。「私のもとへ来い、そのギターがなぜ同じ歌しか歌わんのか教えて欲しいのだ。」農夫は答えました。「陛下、どうしてこのギターがこの歌以外は歌わないのか、私にも分からないのです。」そこで王が「詳しい経緯を教えて欲しいのだ。」と言いますと、「賢明にして偉大なる王陛下、ある日のこと、私が散歩に出ましてド・モンターニェの中腹へさしかかりますと、腸が落ちているのを見つけたのです。私はこう独りごちました。『何て綺麗な腸だろう! 一つ立派なギターを作ってこれを弦にしよう』、私がそのとおりにいたしますと、そのギターはいつも同じ歌を歌うようになったのです。」王は言いました。「分かった分かった! 褒美にこの袋を受け取るがよい。そして今しばらくここにとどまれ。」そしてすぐに王は二人の娘を呼び出しました。「近う寄れ。そして私に真実を教えて欲しい。おまえたちは末娘に何をした? ここに一つ不可思議なことがある。私はこれについてはっきりさせたいのだ。」彼女たちが、末娘は見失った、どうなったかは知らない、と答えますと、王は言いました。「よし、このギターが何を言うか聴くがよい。」農夫に向かって演奏をするように命じると、ギターは歌いだしました。

  《歌えや歌え、可愛いおまえ
   二人の姉さん、狂った雌犬が
   ド・モンターニェで私を殺した
   黄金の実が食べたいばかりに
   歌えや歌え、私のいい子!》

王はかの農夫に言いました。「さて、このギターが常に同じ歌しか歌わないわけをこの娘たちに教えてやってくれ」。農夫は答えます。「ド・モンターニェの辺りを歩いておりますと、地面に腸が落ちているのを見つけまして、そこでギターを作ってこの腸を弦にしようと思いついたのです。出来上がったギターを弾いてみますと、こいつはあの歌を歌い出し、これ以外の曲はまったく歌わないのです。」

これを聞いた娘たちは逃げだそうとしましたが、激しく震え出してもう立っていることもできなくなり、態度を変えて赦しを請いはじめました。王は「ああ、もうこれ以上何も言う必要はない。おまえたちの野蛮な心がかわいそうな乙女を死に追いやったのだ。おまえたちも同じ目に遭わせてやろう。」と言います。娘たちは泣きながら「お父様、どうかお慈悲を!」と懇願しましたが、王は「いや、おまえたちは死ななければならぬ!」と言い、兵士たちに命じて二人の娘をド・モンターニェの中腹、彼女たちが妹を殺した場所まで連れていきました。兵士たちはそこで彼女たちを処刑し、さらに彼女たちの腸を引きずり出して辺りへ投げ捨てたのです。このようにして、凶暴な雌犬たちは彼女たち自身をも死に追いやることとなったのでした。

……ええとこのお嬢ちゃんたちがナイフ一つで人を、それも肉親を殺してその内臓を引きずり出し、道端に放り出すというえげつなさは、百歩譲って「中世のイタリアだから」と大目に見ることができないこともない。しかし、野天に人の臓物がぶちまけられているのを見て、即座に「やあこれは素敵な腸だ、これでギターでも作ろうかな。」と展開する思考回路というのは俄には納得できかねる。

それにしても何故これがヴェネツィアの民話なのだろう。「飯を食うには困らない」という表現が「ポレンタを食うには困らない」となっているところ以外、ヴェネト州ならではという点は見当たらないようだが、「わずかでも自分の利益になることなら躊躇うことなく人を殺す」、「権威者に呼び出されても報酬が約束されるまでは動かない」というところは彼ららしいと言えないこともない。

疑問はまだある。この話の主眼は独りでに歌うギターなのではないかと思うのだが、それにもかかわらず題名が「POMO D′ORO」であるのは何故か。この話から読み取るべきことは、「トマトはイヤリングや指輪などの装飾品よりも価値があり、殺人•死体損壊および死体遺棄の動機となるほどまでに魅力的なものである」ということなのであろうか。