幸福の家あるいはぶどう畑の娘について

この文章を上げるために久し振りにブログを確認したところ、ここ数日のアクセス数が通常の十倍程度に跳ね上がっていた。こういうときは大抵ヴェネツィアのイベント絡みであり、そういえばカルネヴァーレの季節であったな、と検索してみたところ時節柄やはり中止の様子。詮無いことである。


CASA CUCAGNA

あるところに働こうとしない一人の娘がおりました。彼女は朝になりますと顔を洗い、髪を梳かしまして、扉の下へ座り込みます。そうして母親がお昼ご飯、あるいは午後の軽食、夕食の時間になって呼びに来るまではそこにいるのでした。

そんなある日、一人の若者がそこを通りがかりました。彼は扉の下にいる娘を見て気に入ったので、その母親に嫁にもらえないかと尋ねました。母は、あの子には何もいいところが無いから結婚には向かない、顔を洗って髪を梳いたら扉のところへ行く、それ以外のことは何にもできないんだから、と答えました。「いいでしょう」この若者は言いました。「それでも構いませんよ。」そこで母は答えます。「じゃあ嫁にやるさ、でもお願いだからあの子をいじめたり撲ったりしないでおくれよ。」彼は言います。「とんでもない!…いじめたり撲ったりなどしませんし、大事にしますよ。」

数日後、彼は彼女と結婚しました。祝宴を開き、それから彼女を田舎へ連れていきます。

彼はそこで母と暮らしていました。

朝になりますと旦那の方は着替えて出かけます。出かける前に彼は母へ言いました。「お母さん、覚えておいてくださいよ」

  幸福の家では
  働かざる者喰うべからず

母は言います、「分かったよ!」

嫁の方はといいますと、着替えて顔を洗い、髪を梳きますと…扉の外にいます。夜になって、旦那が家に帰ってきました。彼は言います。「お母さん、働いたのは誰?」「…お前とあたしだよ…」「いいでしょう」旦那は言います。「あなたと私は食事をしましょう。」
彼らは食事をしましたが、嫁は夕食なしで寝床に着きました。翌日も同様です。彼は着替え、家を出る前に言いました。「お母さん、覚えておいてくださいよ」

  幸福の家では
  働かざる者喰うべからず

「分かったよ。」―嫁はといいますと、いつもどおり顔を洗い髪を梳き、そして外へ、扉の下へ行きました。夜になって夫が戻ってきますと、彼は言います。「お母さん、働いたのは誰?」「お前とあたしだよ。」彼は言います。「あなたと私は食事をしましょう。」そうして彼らは食事をし、嫁は夕食なしで寝床に着きました。三日目も同様です。彼は着替え、家を出る前に言いました。「お母さん、覚えておいてくださいよ」

  幸福の家では
  働かざる者喰うべからず

「分かった、分かったよ。」そして嫁は起き出しますと髪を梳き、顔を洗い、それから甕の水を空けました。それで精一杯です。そして夜になり、夫が家へ帰ってきますと、彼は言いました。「お母さん、働いたのは誰?」―「お前とあたし、そしてお前の嫁は甕を空にしてくれたよ。」「いいでしょう」彼は言いました。「みんなお疲れさまでした。」そして彼は肉料理の出し汁のみを嫁に与え、寝床に着きました。翌朝も同じように夫は出かけ、そしてあの娘は着替えますと顔を洗って髪を梳き、それから甕を空けてベッドを直しました。夫が家に戻りますと、母親に誰が働いたのかと問い、母は答えます。「お前とあたし、そしてお前の嫁は甕を空にしてベッドを直してくれたよ。」彼は「みんなお疲れさまでした。」と言い、出しとインゲン豆だけを与え、寝床に着きました。その翌日、彼が出かけますと、嫁は甕を空けてベッドを直し、部屋の掃き掃除をしました。そこで(諸々省略)夫は出しとインゲン豆、そして一切れのポレンタを与え、寝床に着きました。さらにその翌朝、嫁は甕を空けてベッドを直し、部屋の掃き掃除をしますと、それから義母のところへ行って手伝いをしました。夜になって夫は母親に言います。「お母さん、働いたのは誰?」彼女は答えました。「お前とあたし、そしてお前の嫁は甕を空にしてベッドを直し、部屋を掃いてから私の仕事を手伝ってくれたよ。」

すると夫は二人と同じ食べ物を嫁に与え、それから彼女はずっと同じように働きました。このようにして彼女はいじめられたり撲たれたりすることなく働く習慣を身に付けたということです。


……海外では日本語の「お疲れさま」に相当する言葉がなかなか見つからないという話を聞くが、今回試みにそう訳したのは「Ogni fadiga merita premio.」という言葉である。直訳すると「それぞれの苦労が報いるに値する」となろうか。夫が嫁に向けて聞かせようとしている言葉であるから、説教じみた口調の硬めの訳の方が本来は文脈に合っているのだけれども、この夫のやり方が何となく気にくわないこともあって少し曲げてある。

この夫が妻に与えた食物について見てみると、最初のものは「'na cazza de brodo [cacciagione di brodo]」となっている。通常「○○のスープ」というのは「Brodo di ○○」となるところを順序が逆になっており、「肉」が中心になっているところからスープを取った後の出し殻という可能性も考えた。が、この夫であれば出し殻であろうと最初から肉を喰わせるはずはなく、これに続く「'na cazza de fasioi」との整合性からも汁のみと考えるのが妥当であろう。またbrodoは調味料の一つであり、料理名として使われることはまずない(そういうときはzuppaという)ので、些かイメージにそぐわないが仕方なく「出し汁」とした。

ではもう一つ。


VIGNA ERA E VIGNA SON

あるところに一人の王様がありまして、この王は自分が結婚していなかったものですから、同様に自分の執事が結婚するのを望んでおりませんでした。そんなある日のこと、この執事はとても美しい娘と出会いました。彼は彼女に恋してしまい、彼女と結婚します。その娘の名前はヴィーニャ[ぶどう畑の意]といいました。彼女を王に合わせたことがないので、その夫はいつも彼女を部屋の幕の後ろに閉じ込めておりました。それから結構な時が経ち、この執事が結婚していることが王の耳にも届きます。そこでそれが本当かどうか確かめるため、王は大急ぎで彼を呼び、ある別の王へ手紙を届けるように言いつけました。執事は出かけますが、急いでいたので妻のいる部屋の鍵をかけるのを忘れてしまいます。彼が出かけますと、王は真実を確かめに行きました。王が部屋に入りますと、彼はベッドで寝ているとても美しい女性を見つけます。胸が露わになっているのを見まして、彼女が起きたときに恥じることがないようにと、彼はそれを隠そうとします。が、夫が帰ってきたので王は急いで姿を消しました。彼はベッドの上に手袋を置き忘れ、夫がそれを見つけて拾います。彼は何も言いませんでした。が、それからは以前のように妻を愛することはありませんでした。彼女に裏切りがあったと信じてしまっていたのです。彼女はどうして夫が変わってしまったのか理由が分かりませんでしたので、可哀想なことにずっとびくびくしておりました。

そんなある日、もう一度あの美しい娘に会いたいと思いまして、王は宴を開き、みんな妻を連れてくるようにと命じました。彼は執事にも言います。「お前も妻を連れてくるのだぞ。」彼は、妻などいませんと答えますが、王は絶対に連れてこいと言います。結局この日、執事は彼女も連れてきました。

宴ではみんな彼女の話題で持ちきりでしたが、彼女は一言も話しませんでした。そこで王は彼女が話さない理由を尋ねます。彼女は言いました。

  今も昔もぶどう畑に変わりなけれど
  昔日の愛を受くることなし
  何故なのか皆目分からず
  ぶどうは季節を逃すばかり

夫はこれを聞いて言います。

  今も昔もぶどう畑に変わりなけれど
  昔日の愛を注ぐことなし
  かの獅子の爪にかかりて
  ぶどうは季節を失いたり

ようやく王は彼らが何を言わんとしているのかが分かりましたので、こう言いました。

  我ぶどう畑に立ち入ることなく
  その若枝に触れることなし
  頂にありし花冠を巡るも
  その実は未だ味わうことなし

こうして執事は妻が無実だということが分かりまして、その後二人はずっと幸せで満ち足りた、平和な暮らしを続けたということです。


……手短に済ませたので例によって最後の詩の訳が今ひとつだが、そこまで手をかけるほどの詩でもない。ともあれこれで一冊目の民話の本はすべて訳した。もう一冊の方もデータ化してあるので、この先も似たような流れで進めていくことになろう。

乱暴者のジジイあるいは小舟のシロップについて

例の民話の本も短いものがあと四話残るばかりとなった。どれも大して面白くないのだが、残しておくのも癪なので片付けてしまおう。


UN VECIETO BIRBO

あるところに、一人の小さな小さなジジイがいました。この小さな小さなジジイは、小さな小さな杖を一つ持っておりました。ある日のこと、小さな小さな部屋の掃き掃除をしておりますと、彼は小さな小さな1チェント硬貨を見つけました。彼は言います。「この1チェントで何が買えるだろうか?」ちょうどそのときリコッタを売り歩いている者が通りがかりましたもので、彼はバルコニーへ出て呼び止めます。そうして降りていきますと、1チェント分のリコッタを買いました。戻りましてそのリコッタを暖炉のカバーの上に置きますと、彼は言います。「これは夕食にちょうどいいだろう」そうして夕食の時間になりますと、この小さな小さなジジイは、小さな小さな杖を持って小さな小さな部屋へ戻りました。その時です、彼は小さな小さなハエがリコッタにとまっているのを見つけました。「ああ、こん畜生、待っておれよ!」彼は怒り、杖を取り上げますとリコッタをついばむ小さな小さな虫けらを司法に提訴致しました。判事様は言います。「分かった、それは深刻な問題だ。よし、その小さな小さな虫けらを見つけたら、奴がどこにとまっていようともその杖でぶん殴ってやるといい。」「はい、承知致しましたでございますです。」するとまさにそのとき、判事様の鼻にハエがとまりました。このジジイはそのハエを見て、まったく躊躇うことなく力一杯ぶん殴りました。つまり判事様の鼻を打ったのです。「ああ、この乱暴者のジジイめ…」判事様はいいました。「殴ったな…俺様を打ったな!」ジジイは答えます。「いえいえ、あなた様は仰いませんでしたか。小さな小さな虫けらを見つけたらどこにいようとぶん殴れと?…あなたの鼻に奴がとまっていたのです、ですから私はあなたが仰ったとおりにひっぱたいたのですよ。」判事様はジジイの言うことが道理に適っているのが分かりましたので、鼻を打たれるに任せました。そしてこの小さな小さなジジイは小さな小さな杖を持って家に帰り、至極平和にリコッタを食べたということです。


……ここでリコッタと訳したのは「puina, puineta」という単語である。これまで結構な量のヴェネツィア料理本を読んできたつもりだが、見覚えのない言葉だったので一応記しておく。

リコッタにハエがとまったので裁判所へ駆け込む、という行動の是非は措くとして、ここは判事というものが如何にもったいぶった奴らであるかを読み取ればいいのだろうか。話が短いせいもあってどうも物足りない。では次。

 

SIROPO DE BARCAZZA LA FREVE DESCAZZA

あるところに一人の男がありまして、彼は何ヶ月もの間、医者でも治せないひどい熱病にかかっておりました。ある日のこと、一人の友人が訪ねてきまして、調子はどうかと彼に尋ねます。彼は、相変わらず悪いよ、僕から何もかも取り去ったとしても、この熱病だけはなくせないだろう、と言います。するとこの友人は言いました。「まあ俺の話を聞きなよ。まず信心深いやつを一人見つけてだな、そいつに我らが主の十字架のところへ行ってもらう。そしてそれをちょこっと削って、その一欠片をいただくんだ。それをお前のところへ持ってきてもらったら、湯を沸かした鍋に入れてシロップを作るといい。それを飲めば絶対にお前は治る。まだそんなに使い込んじゃいないだろう、それくらいの費用はあるはずだ。」病人は言いました。「ああ! どうか、そんな人が見つかればいいな…喜んでお願いするのに。」この友人はそれを聞いて言いました。「俺が取りに行ってやるからさ、旅費を出してくれよ。」そこでその病人は小箱を取り出し、たくさんのゼッキーノ金貨を数え始めました。「これを持っていって使ってくれ。」「よし」友人は言いました。「すぐ行ってくるよ。」彼は挨拶をして部屋を出ました。扉を出ますと、この友人は掌の上の四つの金貨を見て言います。「まったく、これじゃ着く前に使い切っちまうな。だったらこのまま俺が貰っとく方がいいか。」そこで彼は数日の間身を隠し、それから舟小屋へ行って最初に見つけた小舟を削って欠片を取りました。そうしてその小舟の欠片を紙に包むとあの病人の家に行きまして、それを実際に聖なる十字架のところへ行って持ってきたかのように見せました。するとこの哀れな病人は木片にキスをしてすぐさまシロップを作り、それを飲み干します。俗にChi ga fede, lassa le crossole,「信仰を持つものは松葉杖を捨てる:信じる者は救われる」といいますが、これは真実です。実際にこのキリスト教徒は例のシロップをすっかり信じきっておりましたので、神も恩寵をお示しになったのでしょう、熱はすっかり治ってしまいました。そういうことで、el siropo de barcazza la freve descazza.「小舟のシロップは熱を払う」とも言うようになったのです。


……文中にすべて書いてあるので、私の方で特に記すことはない。

鵞鳥の世話係について

前回の続き。


王の部屋係の女中が邸宅のバルコニーを開けますと、死にそうなほど寒い中を巡礼の娘が裸足で歩いてくるのが見えました。彼女は言います。「ここで何をしているのですか、美しいお嬢さん?」娘は答えました。「お願いです、この御屋敷で何か仕事をさせてもらえないでしょうか、鵞鳥のお世話でも構いません。」「お待ちくださいね。」女中は言いました。「王女様に申し上げてきます。」そうして彼女は王女のところへ行って言いました。「女王陛下、屋敷に巡礼の娘が参りまして、屋敷に迎え入れてほしいとお願いしております。表の鵞鳥の世話でも十分だと申しているのですが。」女王は言いました。「いいだろう、ここへ来るように申し伝えよ、私としても会っておきたい。」そうして娘は女王の許へ参りました。女王は言います。「非常に気に入った、鵞鳥の世話をするというなら引き立ててやろう。」娘はそれを承知しました。

彼女が鵞鳥の世話係のお仕事を始めてから何日も経ちましたが、一度も大鴉の王に会うことはできませんでした。そこで彼女は独り言ちます。あの三人のおばあさんがくれた三つの実を使ってみた方が良さそうね。そうして彼女が栗の実を割ると、とても美しいドレスが出てきました。それは実に輝かしいものでしたので、鵞鳥たちが皆びっくりして、外へ逃げ出し鳴き喚きました。女王はその騒ぎを聞いて言います。「あの鵞鳥たちはいったいどういう訳で鳴き喚いているんだ? あの世話係が何かやったに違いないな。」そこで彼女は女中に言います。「いいか?…あの鵞鳥の世話係を捕まえて私のところへ来るように言え。」

 そうして娘がやってきました。「女王陛下」彼女は言います。「命により参上しました。」女王は言います。「いったいお前はあの可哀想な鳥獣に何をしたというのだ? あんなふうに鳴き喚くなんて。」娘は答えました。「何でもありません、陛下。私がドレスを引き出しまして、それであれらは騒いだのです。」「いいだろう」女王は言いました。「そのドレスとやらを見せてみろ。」娘がそれを見せますと、それがとても美しかったので女王は思わず言いました。「そのドレスを私に寄越せ、お前には似合わないだろう。」「陛下」娘は言います。「このドレスをただでお召し上げになるとは思えませんが。」女王は言いました。「望むだけの金は与えよう。」「ああ」娘は言います。「お金はいらないのです。一晩だけ私を王とともに眠らせてくだされば。」女王は言いました。「私の夫と寝たいというのか? このアバズレめ…すぐにここから出て行け。」「いらないのですか。」娘は言いますと、立ち上がって鵞鳥たちのところへ戻りました。

それから一時間経って、女王はまた彼女を呼びにやり、そしてこう言いました。「いいだろう、そのドレスを寄越せ。そして今晩私の夫と眠るがいい。」

ああ、もう少しです!

夕食の時間になり、女王は王のワインのカップに小さなグラス一杯の睡眠薬を入れました。夕食として王はこのワインを飲み、灯りを点してベッドに入ります。女王は彼が深く眠りにつくのを待ち、それから鵞鳥の世話係を呼びにやりました。世話係が部屋に入ってくると彼女は外に出ます。

 娘は部屋に入ると服を脱ぎ、ベッドに入りました。そして彼に話しかけます。しかし彼は返事をしません。彼はすっかり眠っているのでした。そこで彼女は一晩中ずっとこう囁いていました。

  君、大鴉の王なれば
  我、荒々しき女傑なり
  海越え大地を彷徨し
  漸う君に目見えたり
  無上の望み叶いたり

夜明けの時分となり、扉の外に女中がやってきて言いました。「出てきなさい、出てきなさい鵞鳥係、王女様がお入りになるから。」

娘は普段の仕事に戻りました。そしてまた頃合いをみて、彼女が胡桃を割りますと、最初のよりもずっと綺麗なドレスが出てきます。そのドレスがあまりにも輝いていたので、鵞鳥たちは前回よりも大きな声で鳴き、激しく騒ぎ立てました。女王は女中に向かって言います。「鵞鳥たちが騒いでいるのが聞こえるだろう、きっとあの鵞鳥係がまた何かいいものを出したに違いない!…彼女を呼んでおいで。」

彼女はやってくると言いました。「女王陛下、参りました。」「お前は何をしたというのだ? 可哀想な鳥獣たちがあんなふうに鳴き喚くなんて。」娘は答えました。「何でもありません。私がまたドレスを引き出しまして、それであれらは騒いだのです。」女王は言いました。「それを見せろ、早く見せろ。」娘がそれを見せますと、下女が何着もこんなものを持っていることに女王は呆然としながら言いました。「それを私に寄越せ、お前には似付かわしくない。」娘は答えます。「差し上げてもいいでしょう、今晩もまた私を王とともに眠らせてくだされば。」そのドレスがほしかったので、女王はすぐに言いました。「いいだろう、今晩も王と眠るがいい。」

そして王女はまた夫に睡眠薬を飲ませました。彼女は彼がベッドに入り、深く眠りにつくのを待ちます。それからあの鵞鳥係を部屋の中に入れ、自分は外に出ました。

娘は部屋に入るとすぐに服を脱ぎ、ベッドに入りました。そして彼に話しかけ始めます。しかし彼は返事をしません。キスをしたり、押してみたり、あらゆる手を尽くしますが、どれも効きません。彼はずっと深い眠りに落ちているのでした。そこで彼女はこの夜も一晩中ずっとこう囁いていました。

  君、大鴉の王なれば
  我、荒々しき女傑なり
  海越え大地を彷徨し
  漸う君に目見えたり
  無上の望み叶いたり

夜明け頃、部屋に女王がやってきて鵞鳥係は外へ出ます。

ところで、王の部屋の壁を挟んだ隣の部屋には、王が一番信頼していた部屋付きの召使いが寝ておりましたことを述べておかねばなりません。この召使いは二晩にわたってあの娘の繰り言をずっと聞いておりました。朝になり彼は王の許へ行きますと、こう言いました。「王陛下、この二晩、奥様は陛下と共にベッドにいらっしゃいませんでした。」「どういうことだ?」王は言います。「ええ」召使いは言いました。「この二晩というもの、ずっと何かを語る声が聞こえておりました。」王は言います。「私は何も聞いていない。ベッドに入って寝ていたからな!…で、何を語っていたというのだ?」「いえ」召使いは言いました。「声は聞こえていたのですが何を話しているのかまでは聞き取れませんでした。今晩は陛下もずっと起きていらしたら聞こえるでしょう。」

では王の方は一旦措き、鵞鳥係の方をみてみましょう。

娘は部屋から出ると自身の仕事に戻りました。三時の鐘が鳴ると、彼女はあの林檎を割ります。すると太陽のように光り輝く、驚くほど美しいドレスが出てきました。鵞鳥たちはこのドレスを見て鳴き出し、前の二回よりもひどく騒ぎ立てました。王女はすぐに女中に向かって言います。「下へ行って、鵞鳥係にすぐ私のところへ来るように言え。」娘が参りますと、女王は言いました。「また何かいいものを持っているな?」「女王陛下」娘は答えます。「持って参りました、このドレスです。」女王はそのドレスを見て思いました。「ああ、これは放っておくことなどできない。」そうして彼女は鵞鳥係を見て言います。「お前が望むものは分かっている。もう一晩王と一緒に寝たいというのだろう。今晩も寝るといい。」

夜になり、王は夕食の卓に着きまして、誰も見ていない時を待ちます。そして食卓の下にワインを捨てました。そうして夕食をとり、寝室へ向かいますと、彼は眠ったふりをしました。すると女王は部屋の外に出て、鵞鳥係が入ってきました。

鵞鳥係は服を脱ぎ、ベッドに入りました。ベッドに入ると彼女は彼に話しかけ始め、キスをしたり、押してみたりしました。しかし彼は彼女のするがままにして、眠ったふりを続けました。すると彼女は囁き始めます。

  君、大鴉の王なれば
  我、荒々しき女傑なり
  海越え大地を彷徨し
  漸う君に目見えたり
  無上の望み叶いたり

彼はこの言葉を聞いて、すぐに自分と共にベッドに入っているこの娘が最初の妻であることに気付きました。そして、今目覚めたようなふりをして言います。「そこにいるのは誰だ?…ああ、これは何という悲劇だろう?」「いいえ」娘は言いました。「悲劇ではありません!…私です、お分かりですか。あなたに会うのにたいへん時間がかかってしまいました。」そうして王は彼女に、どうやってここまで、この王の寝室まで来たのかと聞きます。彼女は、三人の老婆が栗の実、胡桃、林檎をくれたこと、そこから三着のとても美しいドレスが出てきたこと、そして女王がその三着のドレスと引き替えに、彼女を三夜にわたって王と寝かせたことを話しました。王は言います。「聞いてくれ、あの王女がどんな人間なのか、今はまだそれを十分に知る人が他にいない。朝になったら今までどおり外に出て、鵞鳥たちのところにいてくれ。私に考えがある。」

それから数日後、王は王女に、十二人の王様を招待して饗宴を開くことを伝えます。王は招待状を出しまして、王たちが正餐の席にやってきました。そして食事が終わり、デザートに移りますと、皆はそれぞれ自分の街の繁栄ぶりを語ります。最後に大鴉の王の番となりました。「では私からもお話ししよう。私の友人である一人の王の話をしたい。この王は私たち同様、人の姿をしていたのだが、彼の両親にとって彼は大鴉の姿に映っていた。というのも、彼の母親が彼を妊娠していた間に誓いに背く行いをしたからだ。そのために彼らの目には大鴉と映るようになったのだった。その王国で彼は結婚し、彼はその妻に、彼が若者の姿であることを誰にも話さないようにと言い含めていた。しかし彼女はすべてをその叔母に打ち明けてしまったのだ。こうしてその王はすぐにそこから立ち去り、遠い遠い別の街へと赴いた。そこで彼は再婚したのだが、誰も想像できなかったことに、最初の妻がはるばるその街へと彼を探しにやってきたというのだ。その妻は彼を探すために鋼鉄の靴を三足履きつぶし、あらゆる出来事を乗り越えてきた。そして二番目の妻はというと、三着のドレスを欲しがるあまり、最初の妻を三夜にわたって彼と寝かせたという。もし彼を殺そうという意志を持った者であったなら、この女は三着のドレスと引き替えに彼の命を差し出したということになる。さて、この二番目の妻には何が相応しいだろうか?」そして彼は長老の王へ向き直って言いました。「偉大なる陛下、陛下はここにいる我々の中では長老でいらっしゃいます、この二番目の妻には何が相応しいか仰ってください。」長老は立ち上がって言いました。「その女は広場の真ん中へ引き出し、松脂の樽の上で火刑に処すのが相応しい。」そこで大鴉の王は二番目の妻をそこへ引き出して言いました。「この女を火刑に処せ、この女を焼け!」

刑を行われ、大鴉の王は鵞鳥係を娶りました。あらためて婚礼を行い、二人はずっと仲良く暮らしたということです。


……諸侯を招いた正餐の場面でデザートと訳したのはtola bianca [tavola bianca]という言葉で、以前もどこかで出てきたはずだと思ってざっとこれまでの話を見返してみたがどうにも見つからない。省略してしまったのだったか。ともあれ今回改めて調べたところ「Pospasto; l'ultimo servito che si mette nella mensa」と出てきた。単なる食後のデザートのようだ。

さてこの大鴉、パン屋の娘たちのときは結婚前から慎重に為人を見極めていたというのに、二度目の妻については吟味が雑だったのは何故か。娘が叔母に秘密を話したことは感じ取れたのに、二番目の妻が欲に目が眩んでワインに睡眠薬を仕込んだことを召使いに言われるまで見抜けなかったのは何故だろうか。例によって深く考えてはいけないところのようだ。

それはそうと、北欧神話にフギンとムニンという大鴉がいる。朝にオーディンの許を発ち、夜に帰ってくるということで、今回は「世界中を巡っている」というヴェント、ルーナ、ソルの動きと似ていたために引っかかったのだが、この二羽については太陽との類似性を見るのが適切だろう。鴉が太陽の眷属であるという話もよく聞くものの、今回の話で太陽が大鴉の居所を知っていたというのは風、月、太陽と並んだときの太陽神の優位性のためであって、大鴉が太陽の眷属であったからではない。何しろ洗濯物を干していたときに見かけただけだというし。それにまた、この物語では大鴉が忌み嫌われる存在とされているのも厄介で、結局平仄が合わない。例によってとっ散らかしたまま次に進むしかないようだ。

太陽と月と風について

前回の続き。


こうして彼女は巡礼の身なりを整え、旅に出ました。歩きに歩き、荒野を越え森を抜け、山を越えて歩きました。一足目の鋼鉄の靴をすっかり履きつぶした頃、彼女は一軒の家を見つけました。その扉をたたきますと、老婆の声が聞こえます。「扉をたたくのは誰だい。何日も、何ヶ月も、何年も、この扉をたたくものはなかったのに。」「お願いです」巡礼の娘はいいました。「ここを開けてください、ここは死ぬほど寒いのです。」老婆は扉を開けて言いました。「まあ、かわいらしいお嬢さんだこと!…でもキリスト教徒が一人もいないこんな荒れ地や森の中に迷い込んで、いったいどこへ行こうというんだい?」娘は言います。「大鴉の王を探しているのです。」「聞いたことがないね。」老婆は言いました。「とりあえず一緒にうちの伜のヴェント[風]のところへ行こうか。伜は世界中を吹き巡っているから、何か知っているだろうよ。そしてね、家に着いたらすぐに隠れるんだ。伜は帰ってきたときには飯を食ってないからね。」そのうち、ヴェントが帰ってきて言いました。「くんくん…キリスト教徒の匂いがするぞ! 誰かいるのか、それとも誰か来てたのか。」「こっちへおいで」彼の母は言いました。「こっちへ来てご飯をお食べ。」そして彼女はインゲン豆とパスタのスープ[pasta e fasioi]の大鍋と籠一杯のパンを持ってきます。しばらくして彼女は言いました。「まだ食べるかい?」「いや」ヴェントは答えます。「もう満腹だ。」そこで老婆は言いました。「よし、じゃあ可愛い娘を連れてくるけど、その娘を食べるかい?」「いや、食べない。」そこで娘がやってきて、ヴェントは彼女がどこへ行くつもりなのかと尋ねますと、彼女は大鴉の王を探しに行くのだと答えます。ヴェントは言いました。「そいつの話は聞いたことがないな」

朝になり、出発する前に彼女は老婆のところへ挨拶に行きました。老婆は言います。「この栗の実をあげるから持ってお行き。本当に必要なときまでこいつを割っちゃいけないよ。」娘は御礼を言い、立ち上がって旅に出ました。

彼女は歩きに歩き、長いこと歩いてもう一足の鋼鉄の靴をすっかり履きつぶした頃、遠くに小さな家を見つけました。その家に近づいてみると玄関の外に老婆が座り込んでおります。その老婆は言いました。「お願いだからどこかへお行き、もしうちの娘のルーナ[月]が帰ってきたら、あんたは一呑みにされちまうよ。」「いえ」娘は言います。「私はただ大鴉の王はどこへ行けば見つけられるのか伺いたいだけです。」老婆は言いました。「そういうことなら一緒に娘のルーナの家に行こうか。娘は世界中を巡っているから、何か教えてやれるかもしれない。でも着いたらとりあえず隠れなきゃいけないよ。娘はすぐに帰ってくるからね。」

ルーナは帰ってくるとこう言いました。「くんくん…キリスト教徒の匂いがするぞ! 誰かいるのか、それとも誰か来てたのか。」「これを取ってお食べ。」彼女はそう言って娘にリージ[ヴェネツィア風リゾット]の大鍋を持ってきました。ルーナがそのリージを平らげてしまうと、母は娘に満腹になったかと尋ねます。娘が頷くと母は言います。「よし、じゃあ可愛い娘を連れてくるけど、その娘を食べるかい?」「いやいや」ルーナは言います。「食べないって。」そこであの娘が姿を現すと、ルーナは聞きます。「こんな可愛い娘が、誰もいないこの荒れ地や森の中をどこへ行こうというんだ?」娘は言いました。「大鴉の王を探しに行くのです。」「教えられることはないね。」ルーナは言います。「そいつの話は聞いたことがないわ。」

朝になり、娘は出発のため起き出して、老婆のところへ挨拶に行きました。老婆は彼女に胡桃を一つ与えて言います。「この胡桃を持ってお行き。そして覚えておいで、本当に必要なときになるまでこいつの殻を砕いちゃいけないよ。」

そうして娘はまた新たに歩き出しました。彼女は歩きに歩き、ずっと歩いてさらに一足、つまり三足目の鋼鉄の靴を履きつぶした頃、また一軒の家を見つけました。彼女が扉をたたくと一人の老婆が出てきます。この老婆は言いました。「まあ、かわいらしいお嬢さんだこと!…でもキリスト教徒が一人もいないこんな荒れ地や森の中に迷い込んで、いったい何を考えているんだい?」娘は言います。「大鴉の王を探しているのです。」「さっぱりだね。」老婆は言いました。「すぐにうちの伜のソル[太陽]の家に行こうか。伜は世界中を巡っているから、そいつがどこにいるのかきっと教えてくれるよ。」着いたところで彼女は隠れ、そしてソルが帰ってくるとこう言いました。「くんくん…キリスト教徒の匂いがしますね! 誰かいるのですか、それとも誰か来てたのですのか。」「何言ってんだい、こっちへおいで」母は言いました。「こっちへ来てこれをお食べ。」そうして彼女はマカロニの入ったとてつもなく大きい鍋をテーブルに持ってきますと、ソルはそれをすべて食べてしまいました。そこで母は言います。「可愛い娘を連れてきたら、その娘を食べるかい?」「いえいえ」ソルは言います。「食べませんよ。」

娘が姿を現し、ソルはどうして彼女が誰もいないこんな土地へやってきたのかと尋ねます。彼女は、大鴉の王を探しているのだと答えました。ソルは言います。「今朝私と一緒にいたら会えたのですけどね。洗濯物を干しているときに見ましたよ。そのまま飛んでいってしまいましたが。明日の朝早くにここに来てください。私の光線の一つにぶら下がっていてくれましたら、大鴉の王の邸宅で降ろして差し上げます。」

退出する前、娘は老婆のところへ挨拶に行きました。老婆は娘に林檎を一つ与え、本当に必要なときになるまでこれを切ってはいけないよ、と言いました。

ああよかった!

そうして翌朝、彼女は早くに起き出し、ソルのところへ行きますと、彼は彼女をその光線の一つに下げて空高く上がり、長いこと彼女を運んでから大鴉の王の邸宅の真ん前に降ろしました。


……お日様が朝から洗濯物を干しているという絵柄がどうにも受け容れ難いが、「che go sugà la lissia,」の「go [ho]」というのはどこからどう見ても一人称なので間違いはないと思う。ソルだけは娘に対し敬体で話しているので前の二人とはちょっと口調を変えてあるのだが、朝からせっせと家事をこなした後に仕事へ出かける姿にも、彼の丁寧な人柄(人ではないのでお日柄?)が表れている、ということにしておこう。

さて、Pasta e fasioi [pasta e fagioli]というのはヴェネツィア料理の本に必ず載っている料理であり、芹男氏がヴェネツィアにいらした際、氏が店の飼い犬と戯れ、また常連らしい女の子に見惚れていた家庭料理の店で頼んだ覚えもある。だが今回改めて調べてみるとこれはイタリア各地にある郷土料理のようで、各々土地柄に合ったヴァリアンテがあるらしい。また一旦措いてその後のリージやマカロニについて見てみると、これがどういう味付けだったのかは一切描かれていない。その辺が雑でヴェネツィアらしさも今ひとつなのだが、裏を返せばパスタ・エ・ファジョーリも同列なのだろう。やはりヴェネツィア固有のものではなく、地方ごとに細部の異なる「おでん」や「炊き込みご飯」レベルの単語なのだと思われる。

そういえば昨日、知らずして購入し夕方の地方版ニュースで詳細を知ったのだが、「とぅんじーじゅーしー」なるものを初めて食した。「冬至雑炊」の沖縄訛りとされるが、実体は雑炊ではなく炊き込みご飯である。そうだと知らなければどうということはない料理なのでこれ以上記すべきことはないが、同じ郷土料理でも「大東寿司」の方は確かにこの地域でなければ作れない味であった。ただしそれだけのためにわざわざこの島まで来るかといわれたらそれは悩ましいところである。

ともあれ終盤へ続く。

大鴉の王について

RE CORVO

あるところに王様と女王様がおりました。女王様はご懐妊なさり、順調にご出産なさいます。が、ご懐妊中に誓いに背くことをなさったため、彼女は赤ん坊の代わりに大鴉をお生みになりました。その大鴉はすぐにバルコニーから空へ飛び去り、それから二十年の月日が流れます。

ちょうど二十年目となったとき、彼はそのバルコニーへと戻ってきました。父と母の部屋へ入り、彼はこう言います。「ガァ、ガァ、俺は結婚したい。パン屋の娘がいい、一番上の娘だ。」両親は答えます、「誰がお前などと連れ添うものか、お前のような大鴉と結婚だと?…行け、ここから出て行け!」彼は言いました、「いいか、よく聞け、できなければお前たち二人とも殺す。」そうして両親はパン屋のところへ行き、自分たちの息子の大鴉が長女を嫁に欲しがっていると言いました。パン屋は、大鴉の嫁など願い下げだ、娘を嫁にはやらないと答えました。そこで彼らは一袋の金を与え、パン屋が首を縦に振るまであらゆる手を尽くしました。

その夜、例のパン屋の娘が普段通りに玄関の外に座り込んでおりますと、美しい若者が通りがかりました。彼は言います。「美しいお嬢さん、あなたが大鴉の王の嫁になると聞いてお気の毒に思います、彼はきっとあなたの肩やお洋服に糞をしますよ。」「彼が楽をさせてくれるなら」彼女は言いました。「楽をさせてくれるならいいけど。でもそうでなければ、殺してやるよ。」若者は挨拶をして立ち去ります。歩きながら彼は心の中でこう言いました。「お前が私を殺す前に、私がお前を殺してやろう。」

そうして大鴉がパン屋の長女を嫁にする日が来ました。夜になって彼らが寝所に入りますと、大鴉は屋敷中が寝静まるのを待ち、花嫁の首を絞めて殺します。そしてバルコニーから飛び立っていきました。

朝になり、女中が珈琲を持ってきました。彼女は扉をノックしますが、返事がありません。もう一度ノックしますが、やはり返事はありませんでした。そこで皆して扉を打ち破りますと、花嫁がベッドで絞殺されているのを見つけました。「ああ、あの極道者の大鴉め」両親は言いました。「クズめが!」

それからまた一年が経ち、彼はまたバルコニーへ戻り、父と母の部屋へ入ってこう言います。「ガァ、ガァ、俺は結婚したい。パン屋の真ん中の娘だ。」両親は答えます、「出て行けこの極道者、クズめ、一人殺しておいて、またもう一人も殺すつもりだろう。」大鴉は言います。「あの娘が間違ったことを言わなければ殺しはしなかった。とにかく今は真ん中の娘がほしい。できなければお前たち二人とも殺す。」

そうして両親はまたパン屋のところへ行き、どうにかして真ん中の娘を大鴉の嫁にほしいと言います。「何を仰いますか」パン屋は言いました。「真ん中の娘も嫁に出せというのですか、長女を殺した奴のところに?…だめです、娘はやれません。」そこで彼らはまた一袋の金を与え、どうしても娘を嫁に出してほしいのだと訴えます。パン屋は首を縦に振るしかありませんでした。

その夜、件のパン屋の娘が普段通りに玄関の外に座り込んでおりますと、とても身なりのよい、美しい若者が通りがかりました。彼は娘に近寄ってきて言います。「美しいお嬢さん、あなたが義兄である大鴉の王の嫁になると聞いてお気の毒に思います、彼はきっとあなたの肩やお洋服に糞をしますよ。」彼女は言いました。「彼が楽をさせてくれるなら。楽をさせてくれるのだったらいいけど。でもそうでなければ、殺してやるよ。」若者は挨拶をして立ち去ります。歩きながら彼は心の中でこう言いました。「お前も私には相応しくない。」

そうして大鴉がこの娘を嫁にする日が来ました。父と母は、一人目と同じようなことをしないようにと何度も彼に言い聞かせますが、彼はずっと「ガァ、ガザ、ガァ」としか答えません。夜になって彼らが寝所に入りますと、ベッドに入った途端に大鴉は花嫁の首を絞めて殺します。そしてバルコニーから飛び立っていきました。

朝になり、女中が珈琲を持ってきました。彼女は扉をノックしますが、誰も返事をしません。もう一度ノックしますが、やはり返事はありませんでした。そこで皆して扉を打ち破りますと、花嫁がベッドで絞殺されているのを見つけました。そこで王はすべての猟師を呼び集め、その辺り一帯のすべての鳥を殺すように命じました。あの大鴉も含めて殺そうというのです。そうして猟師たちは多くの鳥を仕留めましたが、あの大鴉がその中にいたかどうかは誰にも分かりませんでした。

それからまた一年が経った頃のこと、あの大鴉はまたバルコニーへ降り立ち、父と母に向かって言いました。「ガァ、ガァ、俺は結婚したい。パン屋の末娘だ。」「この極道者」両親は答えます、「お前はもう二人も殺した、三人目も同じように殺すつもりだろう!…行け、ここから出て行け!」大鴉は言います。「もし結婚できなければお前たち二人とも殺す。」そうして両親はまたパン屋のところへ行き、どうにかして末娘も大鴉の嫁にほしいと言います。パン屋は言いました。「偉大なる陛下、何をお考えなのですか?…もう二人も殺されました、三人とも殺されるなんて御免です。」そこで王はまた一袋の金貨を与え、どうあっても娘を嫁にほしいのだと訴えます。パン屋は娘を嫁に出さざるを得ませんでした。

その夜、件の娘が玄関の外に座り込んでおりますしたところへ、美しい若者が通りがかりました。彼は娘に近寄ってきて言います。「美しいお嬢さん、あなたが二度も義兄となった大鴉の王の嫁になると聞いてお気の毒に思います、彼はきっとあなたの肩やお洋服に糞をしますよ。」彼女は言いました。「そんなことは問題になりません。もし大鴉の王様が私の肩や服に糞をなさったら、それを拭って着替えればいいのです。ですから、彼はただ彼のなさりたいようにしてくだされば。」彼は立ち去り、心の中で言いました。「いいだろう、お前は私に相応しい。」

そうして大鴉がパン屋の末娘を嫁にする日が来ました。彼が部屋に入る前、父と母は他の二人と同じようなことをしないようにと何度も念押しします。彼はこう答えました。「ガァ、ガァ、この娘は殺さない。」

朝になり、珈琲が運ばれてきて扉がノックされました。すると花嫁が言うのが聞こえます。「今開けますね。」その返事を聞いて屋敷中の皆が大喜びしました。王と女王も彼女のところへ様子を見にいらっしゃいました。

この娘は大鴉の王を死ぬほど愛していました。彼女はいつも彼を肩の上に乗せて運び、キスをし、愛おしみ、あらゆる世話を焼きました。彼が粗相をして背中を汚しても、それを拭うだけで気にもかけないのでした。

ところで、この大鴉には叔母、父親の妹となる人がいました。ある日この叔母が娘に言います。「本当に、あなたがあんな禽獣をここまで愛するなんて思いませんでしたよ。」彼女が毎日こう言うのでうんざりしてしまい、ある日この嫁は言いました。「ああ、聞いてください…彼はとても美しい青年なんですよ。」「なんですって」叔母は言います。「青年ですって?」嫁は言います。「ご両親の目にはいつも大鴉に映るようですが、一緒に部屋にいるときは、彼はどう見ても最高に美しい若者なのです。でもお願いですからこのことは他で話さないでくださいね。このことを話してしまったら彼は姿を消さなければならず、私は彼に二度と会えなくなる、と言っておりましたので。」―「黙っています」叔母は言いました。「誰にも話しません。」実際のところ、彼女はこのことを一切言いませんでした。

昼食の時間になりましたが、大鴉の姿は見えません。夕方になっても、夜遅くなっても…やはり戻ってきません。嫁は大鴉が恋しくて嘆き悲しみました。彼の両親である王と女王は言います。「奴のことはもう放っておきなさい、きっと死骸でもついばみに行ったのです。こうなったら貴女がここの主人だと思いなさい。私たちも自分の娘のように大切に思っていますし、この先はずっと女王として生きていきなさい。」すると彼女は、「私は彼を探しにいきたいと思います、彼なしでは生きていけません。」そして「彼を見つけるまで旅を続けたいと思いますので、恐れながら私に鋼鉄の靴を三足と巡礼の衣装を作ってくださいますでしょうか。」と応えました。


……大鴉が人の首を絞めるという絵柄がどうしても頭に浮かばなかったので、下読みの段階では喉を食い破ったのかと推測した。が、strangolareという言葉は落ちついて見ればstringere[締める]+gola[喉]の合成語っぽいので絞殺以外の何物でもない。タブーを破った末娘の話にもあるように、部屋に入った途端に人間形態になったということなのだろうが、これまでの経験からいうと、そもそもそういった整合性はあまり考慮されていないような印象も受ける。

ここまでで内容的には三分の一程度である。慣れた方は長女が殺された時点で先が読めたはずだが、こんな感じの「3」縛りがこの後2サイクル繰り返されていくだけである。この話は例の民話集の中でただ一つ群を抜いて長いものであるのだが、期待したほど大した内容ではなかった。考えておきたいのは、中心人物が何故禽獣の中で敢えて「大鴉」であるのかという点だが、聖書はともかく、北欧神話と関係するとも考えにくいし、倫敦塔など論外である。根っこのところで繋がっているような気がしないでもないが、ともあれ後半の登場人物(大鴉と同様、厳密にいうと人ではないのだが)を見たところどちらかというと古代ローマ風の世界観に近いので、その辺が出揃ってからもう一度考えることにしたい。

林檎と皮について

今は南大東島に居るのだけれど、今年の四月から十一月の中旬までは十勝平野の果てに居た。経緯を説明すると長くなるのだが、一つだけ記すとすれば、ヴェネツィアーノのようにあちこちと渡り歩いて生きていくのも面白いかな、と考えてしまったということがある。最後の一押しがこの思いつきだったので、あの国で暮らした経験がなければこういう選択に踏み切ることなどなかったのは間違いない。

ただしそもそも管理職候補として転職したため、最近では一刻も早く私をオフィス詰めにしようとする動きもあるらしい。そうなったらオフィスをパラッツォ・ドゥカーレにして十人委員会をやればいいのか。

それはそれとしてこのご時世、仕事で離島へ渡ると待機期間というものがあって、御蔭で久しぶりに時間が有り余っている。もうここを見ている人もなかろうが、進められるときに進めておこうと思う。例のイタズラ三妖精が出てくるのが懐かしい限りだが、私と同様久し振りで今ひとつ調子が出ないのだろう、大したことはできていない。


POMO E SCORZO

あるところに夫と妻がありまして、二人はとても裕福でした。この妻には子がありませんでしたが、夫の方は子どもを強く望んでおりました。そんなある日のこと、夫は外出しますと、道で魔法使いに出会います。一言二言挨拶をした後、彼は魔法使いに、どうすれば妻が子を産むことができるのか教えて欲しい、と言いました。すると魔法使いは林檎を一つ取り出してこう言います。「この林檎を差し上げます。彼女がこれを召し上がれば、九ヶ月のうちに立派な男の子を産むでしょう。」夫は家へ帰ってその林檎を妻に与え、彼女がそれを食べれば九ヶ月のうちに男の子が生まれるだろうと言います。妻はとても喜び、下女を呼んでその林檎の皮をむいて持ってくるようにと言いました。下女は準備の最中にその林檎の皮を食べてしまいまして、それからその実を奥様に供しました。

数日後、奥様と同じように下女までもみるみるお腹が大きくなってきました。そんなある日、奥様は夫に言います。「あの下女もお腹が大きくなっているけれど、どうしたのかしら?」彼は言います。「呼びつけて、例の林檎の皮を食べてしまわなかったか聞いてみなさい。」この下女はいつも元気な人なのですが、べそをかきながら奥様の許へやってまいります。奥様は尋ねました。「どうしたのあなた、いつも元気なのにそんなに泣いて?」下女は答えました。「ああ、お聞きください!…私のお腹が大きくなって頭がくらくらするのです。ですが誓って身に覚えはございません。」奥様は言います。「先日あなたに頼んだ林檎があるでしょう、その皮を食べなかった?」下女ははいと答えます。そこで奥様は言いました。「落ち込むことはないわ。私と同じことがあなたにも起こるだけよ。」

下女の方へ先に陣痛が起こり、彼女は真っ白な、目を見張るほど美しい男の子を産みました。それから30分ほどして、奥様は青白い、これまでになく青白い男の子を産みました。旦那様は言います。「一人どころか二人も生まれたか。」そうして彼は二人とも自分の子供として扱い、分け隔てなく学問をさせて大事に育てました。

二人の子は成長し、お互い本当の兄弟のように仲良くしていました。そんなある日、彼らは世間の噂に、魔法使いの娘は街で一番美しい…まるで太陽のように美しいが、彼女は誰にも会わず、バルコニーに出てくることすらないのだという話を聞きます。そこで二人の若者はどうしたのでしょう? 彼らは家に帰ると父親に、お腹の部分が空っぽで、彼ら二人が入れるような青銅の馬を作ってくれるよう頼みました。その馬とともに世界を見て回りたいから、というのです。「お前たちは何を考えているのだ?」父は言いました。「そんな年で世界を回るだと?…本気なのか?」父はそんなことを許したくはなかったのですが、彼らが何度も何度もお願いするのでとうとうその馬を作ってやりました。

彼らは楽器の演奏がとても得意だったので、その楽器を持って馬のお腹の中へ乗り込み、旅に出ました。

彼らはいくつもの美しい街を通り過ぎまして、とうとう魔法使いの娘の居るところへたどり着きました。そうして娘の居る邸宅のファサードで演奏を始めます。するとバルコニーにあの魔法使いが出てきて、誰も乗っていないのに音楽を奏でる馬を見つけました。彼は中へ入って娘を呼びますと、娘もバルコニーに出てきてこの驚きの光景を見ます。そして娘はその馬を見た途端、これまでにないほど笑い出しました。父は娘が笑うのを見てすっかり満足します。というのも、彼女は生まれてこの方、一度も笑ったことがなかったからです。彼は娘に、この馬を客間に入れておきたいかと聞き、彼女がそうしたいと答えたので馬は中へ入れられました。

中へ入れられてからもこの馬は美しい音楽を奏で続けます。そのうちに父は出て行ってしまい、娘は一人になりました。

二人の若者は娘が一人になったのを見ると、馬のお腹から外に出てきました。娘はこれ以上ないくらい驚きましたが、彼らは、「怖がらないで静かにしてください、僕たちはただあなたに会いたかったのです。もう十分ですので、あなたがそう望むならすぐにでも出て行きます。」と言いました。娘はこの美しい若者たちがとても礼儀正しいのを見て、そのままここにいて演奏して欲しい、と答えます。彼女はその音楽がとても気に入ったのでした。そして彼女は門衛を呼び、この馬はいつでも出入りできるようにと言いつけました。

それから数日後、ポーモ[「林檎、果実」の意、つまり奥方の方の息子で、これ以降固有名詞化]は娘に、彼らはそろそろ家へ帰る予定だと告げます。彼女は、そんなにすぐに行ってしまうのは残念だ、もうちょっといて欲しいと答えました。そこでポーモは、「もし僕と一緒に行きたいのなら、僕の婚約者になってください。」と言いますと、彼女ははいと答えます。そうして彼女は財宝や金を取り集め、一緒に馬のお腹に入って皆で出て行きました。

彼らが出て行くとすぐ、魔法使いが家に帰ってきました。あちらで呼び、こちらで探し、あらゆる場所を見ましたが、娘はどこにもいません。彼はすぐに門衛を呼び、彼女は馬と一緒に出かけたのかと尋ねました。門衛は馬だけが出て行ったと答えます。すぐに彼は悲劇が起こったことを悟り、すっかり怒り狂ってバルコニーへ行くと、娘へ向かって三つの言葉を吐きました。

彼女は三頭の馬に出会う。一頭は白、もう一頭は赤、そして黒。彼女は白い馬が気に入り、その白い馬に乗るだろう。それが悲劇の始まりとなる

  さもなくば

彼女は三匹の子犬に出会う。彼女はその一匹を抱き上げようとするだろう。それが悲劇の始まりとなる

  さもなくば

ある夜、彼女はその婚約者と眠りにつく。その夜バルコニーから一匹の蛇が入ってくるだろう。それが悲劇の始まりとなる

魔法使いが娘に向かってこの三つの言葉を投げかけたとき、バルコニーの下を三人の妖精が通りがかりました。彼女たち三人はすべてを聞き、どこかへと去っていきます。

彼女たちは歩きに歩き、いい加減疲れたところで、あるオステリアに入りました。中へ入るとすぐ、彼女たちの一人は残りの二人に言います。「見てよあれ! 魔法使いの娘! オヤジが言った三つの言葉を彼女が知ってたらさ、絶対ここにはいられないよね。」

妖精の言ったとおり、そのオステリアにはあの娘と二人の若者がいました。娘とポーモは楽器を演奏しており、そしてスコルツォ[「皮」の意、下女の息子]も彼らの間にいましたが、客たちの騒ぎの中へ入って楽器を演奏しておりました。

妖精たちの一人が言います。「あの魔法使いは、『彼女は三頭の馬に出会う。一頭は白、もう一頭は赤、そして黒。彼女は白い馬が気に入り、その白い馬に乗るだろう。それが悲劇の始まりとなる』って呪ってたね。でも」この妖精は言いました。「もしそうなる前にその馬の首を刎ねたとする。そうすれば悲劇は起こらない。ただしこれを話した者は体が石化することにしよう。」

もう一人の妖精が言います。「あの魔法使いは、『道中、彼女は三匹の子犬に出会う。彼女はその一匹を抱き上げようとするだろう。それが悲劇の始まりとなる』って呪ってたね。でも」この妖精も言いました。「もしそうなる前にその子犬の首を刎ねたとする。そうすれば悲劇は起こらない。ただしこれを話した者は体が石化することにしよう。」

最後の一人が言います。「それにあの魔法使いは、『彼女がその婚約者と眠りにつく最初の夜、部屋に一匹の蛇が入ってくるだろう。その蛇が悲劇の始まりとなる』って呪ってたね。でももしそうなる前にその蛇の頭を切り落としたとする。そうすれば悲劇は起こらない。ただしこれを話した者は体が石化することにしよう。」

そうして妖精たちは去っていきました。

二人の若者と娘もまた旅立ちます。少し進んだところで、彼らは三頭の馬を見つけました。白、赤、そして黒い馬です。彼女はそれを見て白い馬に乗ろうとしましたが、そこでスコルツォが駆けだすと、その馬の首を刎ねてしまいました。彼女は怒り、すぐにでもどこかへ行ってほしくて、「こんなことをするのは悪い心を持っている証ですから、もうあなたとは一緒にいたくありません」と言いました。彼は、「理由も言わずに首を刎ねたが、あなたを不快にさせるつもりはなかった」と言い、許しを請いました。結局彼女は許しました。

彼らはさらに道を進み、彼らの家に近いところまで来たとき、とても可愛い子犬が三匹走り寄ってきました。娘はその一匹を抱き上げようとしましたが、スコルツォはそれを許さず、すかさずその子犬の首を刎ねました。彼女は前にも増して怒り、「もういい、たくさんです、大嫌いだからすぐにどこかへ行ってちょうだい」と言いました。

そうこう言っているうちに彼らは両親の家に着いてしまいました。父親と二人の母親は彼らを見るなり走り寄ってきて、無事に戻ってきたことをとても喜びました。両親たちはそのお祝いに豪華な宴を開きます。その席上で、ポーモは父と母に言いました。「この女性が僕の最愛の婚約者です。」しかし娘はまだ怒っており、スコルツォが非道いことをしたのでまずは彼を追い出してほしいと言って、白い馬と子犬のことをすべて話しました。宴席にいた人が皆で彼女をなだめ、許してやってほしいと何度も頼んだ末、彼女はやっと許してくれました。

皆が喜びにあふれ、それぞれが祝いの言葉を交わす中、スコルツォだけは一言も話さず、ずっと心配そうにしておりました。皆は彼がどうしてそんなに心配そうにしているのかと尋ねますが、彼は何でもないと答えるのでした。

皆が寝床につく時間となりましたが、そこでスコルツォはどうしたというのでしょう? 彼は調子が悪いと言い、誰よりも早く席を立ちました。そして二人の婚約者たちのベッドの下に身を隠したのです。その後婚約者たちも何も知らずにベッドに入り、そして眠りについた時分、スコルツォは板の割れるような音を聞き、大きな蛇が中へ入ってくるのを見つけました。スコルツォはすぐさまベッドの下から飛び出し、その頭を切り落としました。娘の方は部屋の中での騒ぎを聞いて目覚め、スコルツォが手にナイフを持っているのを見て言いました。「ああ、ならず者のスコルツォ! 前の二回は許しましたが、三回目は許しません、あなたは死刑にしてもらいます。」

そこへ召使いたちがやってきて彼を捕まえ、牢屋に入れました。その翌日、執行の準備が行われたところで、スコルツォは死刑になる前にあの娘に三つの言葉を伝えさせてもらえないだろうかとお伺いを立てます。人々はそれを許し、娘が呼ばれて彼のもとへ連れられてきました。そしてスコルツォは語り出します。「おぼえていますか、あるオステリアに泊まったときのことを。」彼女は言いました。「ええ、覚えています。」「いいでしょう…そこに三人の妖精が来ていました。その三人は、あの魔法使いが娘に三つの呪いをかけたといっていたのです。『彼女は三頭の馬に出会う。一頭は白、もう一頭は赤、そして黒。彼女は白い馬が気に入り、その白い馬に乗るだろう。それが悲劇の始まりとなる』と。しかしその妖精はこうも言いました。『もしその馬の首を刎ねる者がいれば、何も起こりはしない。ただしこれを話した者は体が石化することにしよう』と。」こう言うや否や、哀れなスコルツォの足は大理石になってしまいました。それを見て娘は言います。「もういい、お願いだからやめて…それ以上話さないで!」彼は言います。「死刑になるのですから、どちらにせよ同じことです。さて、妖精たちはまた言いました、『彼女は三匹の子犬に出会う。彼女はその一匹を抱き上げようとするだろう。それが悲劇の始まりとなる。』しかしこの妖精も言っていました。『その子犬の首を刎ねる者がいれば、何も起こりはしない。ただしこれを話した者は体が石化することにしよう』と。」その瞬間、哀れなスコルツォの体はひざから首まで大理石になってしまいました。彼はもう身動きできず、声も出にくくなっていましたが、それでも吃りながら言いました。「最後に妖精たちは言いました。『彼女がその婚約者と眠りにつく最初の夜、部屋に一匹の蛇が入ってくるだろう。その蛇が悲劇の始まりとなる。ただし…これを話した者は…体が石化する』…」そうして哀れな若者は全身が大理石になってしまいました。

この光景を見て、娘は激しく泣き出しました。「ああ、何て可哀想なことをしてしまったのでしょう!…もう私の父しか彼を解き放つことができません。」彼女は紙とペンを取り、父に宛てて、大いなる慈悲を以て彼女のしたことを許してほしい、是非とももう一度会いたいという旨の手紙を書きました。

魔法使いは娘が幸せになることを望んでいましたので、この手紙を受け取るや否や馬車と馬を用意させ、すぐさま出発しました。

彼が娘のところに着きますと、娘が駆け寄ってきて言いました。「ああお父様、どうかお願いです!…あの哀れな若者を御覧ください!…あなたが私に向けた三つの呪い、そして三人の妖精の呪いがもとで、この可哀想な青年は私の命を助けるために大理石になってしまったのです。ですからお父様、彼を解放してください。私のために彼が苦しむのは理に適いません。」父は言いました。「お前への愛に免じて、彼を解放してやろう。」彼はポケットを開けて香油の入った瓶を取り出すと、その香油をスコルツォに振りかけます。すると彼は元のとおりに戻りました。

こうして一度は絞首台に連れていかれた彼ですが、今度は大勢の人々が「スコルツォ万歳! スコルツォ万歳!」と叫ぶ中を、盛大な楽曲とともに家へ連れられていきました。


……蛇が侵入してくる場面、騒ぎになった時点で蛇の死骸はどこへ行ったのだろう。それがあれば誰が見たって二人を助けたことになるはずなのだが、それでは今ひとつ盛り上がらないか。またこの場面で「ならず者」と訳した「birbo」という言葉、ヴェネツィア語の辞書を引くと最初に「覗き」と出る。一般のイタリア語辞書だとこの意味は(古語)となっているものの、新郎新婦の寝床に闖入した者へ向けた言葉としてこれでいけるかと考えたが、凶器を持って立っている人間を見て使う言葉ではない、と思い直して上記のようになっている。

ヴェネツィアらしくも何ともないが、奥様と下女に同時に男の子ができたこと、下女の子供の方がイケメンなこと、それでも綺麗な娘と恋に落ちるのは正妻の子であることなど、じっくり考えてみると面白そうなところがいくつかある。が、今ひとつ頭が回らないので次の話に行こう。何せ長いのだわこれが。

美人の母とより美しい娘について

前回「mezzo」という語を仮に「半身」と訳しておきながら、そこで何か大事なことを思い出せないでいるような気がずっとしていたのだが、これがあろうことかカルヴィーノの「まっぷたつの子爵」だった。肝心なことというのはひととおり終わって気の抜けたところで思い出すものである。終わるまでは敢えて細かいことを気にしないようにしている、ということであるのかもしれない。

どこかで息を吐き、来し方を振り返る時間が人には必要なのであろう。さて、小休止のことはイタリア語で何というのだったか。


BELA LA MARE, MA PIU' BELA LA FIA

あるところに母と娘がありまして、母は宿の女将をしておりました。二人ともとても美しかったのですが、娘はことに母より美しいのでした。そのオステリアに通う客はみな、「女将さんは綺麗だ、でも娘の方がもっといい」と言うのでした。

自分より娘の方が綺麗なのをずっと苛立たしく思っていたその母が、ある日何をしようと考えたと思いますか? 彼女はオステリアに出入りする客の一人をつかまえて言いました。「彼女を拐かしてさ、腕を切り落としてどっかの堀に突き落としてやってくれよ、そしたらあんたに欲しいだけの金をくれてやるさ」。しかしその男は、そんな大それたことをやる勇気はない、と言いました。

そこで彼女は別の男をつかまえ、その男はお金のためにそれを引き受けたのでした。男は可哀想な娘をつかまえて母の下から遠くへと誘い出し、とある野っ原へ連れ込みました。彼は野原の真ん中へ来ると彼女の両腕を切り落とし、溝の中へと突き落としました。そうして男はその両腕を取り、母の元へと届けます。彼女は約束していたお金を与え、男は去っていきました。

それから数時間後、可哀想な娘がまだ溝の中にいたところへ王と召使いを乗せた馬車が通りかかりました。召使いは溝の中からうめき声がするのを聞いて言います。「お聞き下さい、お聞き下さい陛下、この溝の中に何かおりますぞ!」王もまたそのうめき声を聞いて言いました。「停まれ、停まるんだ、何がいるのか見てみよう」彼らが馬車を停めて見てみると、両腕のない、とても美しい女性がいました。王は言います。「ああ可哀想に、何と無念なことだ、家へ連れて帰ろう」そうして彼らの棲む家へ帰ると、王はその娘を見つけたときのことを母へ話しました。そして言います。「私が見つけたのです、私は腕が無くとも彼女と結婚したいと思います」母は彼女の姿に深く同情し、彼が彼女と結婚することを喜びました。

それから少ししてその妻は身ごもりましたが、八ヶ月になったところで、陛下にすぐさまお出ましになるようにとの命令がありました。王は身重の妻を置いていくのを残念に思いましたが、一方でさほど心配はしませんでした。というのも、妻をよく世話するように、彼が普段しているのと同じようにしてくれるようにと母に頼んでいたからです。そして出発前には、彼女が出産したら様子を知らせてくれるようにとお願いしました。

そして出産のときが来て、妻は可愛い女の子を産みました。母はすぐに息子に宛てて、彼の妻が可愛い女の子を産んだことを知らせる一通の手紙を書きます。彼女は一人の馬丁にそれを持っていくように命じました。

思いも寄らぬことですが、この馬丁はあの娘の母のオステリアへ立ち寄りました。そこで彼は食事をします。彼の食事中、女将は、彼がどこを目指しているのかと尋ねました。すると彼は、あるところへ手紙を届けに行くのだと答えます。そこで彼は、両腕のないあの娘の身に起きたこと、彼女が王と結婚して女の子を産んだことを語って聞かせました。「ああ」女将は心の中で言いました。「私の娘だわ!」

馬丁はその夜そこへ泊まりました。そしてこの人でなしの女将は何をしたとお思いですか? 彼女は急いで、彼の妻は赤ん坊の代わりに犬を産み落とした、という手紙を王様宛てに書きます。そして馬丁が眠っている間に巾着から手紙を取り出し、嘘の手紙を入れました。そして朝になって馬丁は目覚め、この人でなしの思惑どおりに旅路を続けますと、王にその手紙を届けました。

王はその手紙を読んで顛末を知りました。そして彼はすぐに母に宛て、彼が妻の身に起きたことを残念に思っていること、それでも彼女に今までどおり良くしてやって欲しいこと、そして彼がすぐに帰ることを知らせる手紙を書きました。

馬丁が来た道を戻るときのこと、彼はまたあのオステリアへ寄りました。女将は言います。「それでどうだったんだい?」彼は言いました。「いや、俺には分からん。ここに返事は持ってるが、何が書いてあるかは知りようがないさ」彼女はどうしても中身を知りたかったので、馬丁にその夜もそこに留まるよう頻りに唆し、食べ物や飲み物を出してやります。そうして馬丁はその夜もそこへ泊まりました。彼が眠ると、彼女は手紙を盗み出して読みました。そして王が母に宛て、彼は起きてしまったことを残念に思い、すぐに家へ戻ること、それでも今までどおり良くしてやって欲しいと書いたことを知ります。彼女はすぐにまた一通、もう妻のことは一切知らない、彼が家へ戻る前に彼女を殺してしまうように、という手紙を彼の母に宛てて書きました。そして彼女は、馬丁が目覚める前にその手紙を巾着の中に入れます。朝になって馬丁は起きると、女将に挨拶して手紙を女王に届けました。

女王は手紙を読み、ひどく消沈して言いました。「彼女を殺さずに追放することにしましょう」そして彼女はあの娘を呼んで言いました。「見てちょうだい、王は貴女を殺すように言って寄越しました。彼がどうしてこのような命を下したのか私には分かりません。でも私は貴方を殺さず、貴女が子どもと共に生きていけるように金子を一袋与えます」女王は彼女と赤ん坊を抱きしめて心からのキスをすると、彼女らを馬車に乗せ、そして馬車は国の外へと向かいました。そうして彼女は小さな家を見つけ、二人の召使いを雇いました。一人は彼女の、もう一人は娘のためです。かの金子は当面の間貴婦人として暮らすのに十分なほどでした。

ではひとまず彼女たちのことは措いておきましょう。

王は家へ帰ってきました。門を入るや否や彼はひどく心配しながら母親のところに駆けつけますと、母は言います。「ああ、我が息子よ、どうしてあの可哀想な娘に死を与えよなどと言う命を下したのですか?」王は答えます。「死を与えるですと?」―「これがお前の寄越した手紙です」。王はその手紙を見ていいました。「これは私の字ではありません」そして言います。「貴女は彼女が犬の子を産んだという手紙をお書きになってはいませんか?」―「何ですって?」彼女は言います。「私は彼女がとても可愛い女の子を産んだと書いたのですよ」―「なんてことだろう!」王は言いました。「これは何か不正なことがあったのではありませんか?」彼は深い絶望に陥りながら、馬丁を呼びにやりました。そして言います。「お前はこの筆跡を知っているか?」馬丁は言います。「存じません」―「それでは」王は言います。「お前が手紙を届けに来たときどこへ立ち寄ったか説明せよ」―「ああ」馬丁は言います。「私はいつも立ち寄るオステリアへ参りました!」王は言いました。「よし、ではすぐに私と来るがいい」そこで母が言います。「私は彼女を殺していません。私は赤ん坊と一緒に彼女を逃がし、しばらく身を隠せるように金子を与えています」―「よかった、よかった!それでは私は命に代えても彼女を見つけに参ります」―「残念ですが」女王は言います。「見つけに行こうとて、彼女はお前を恐れて国の外まで行ったのですよ」―「国外であろうと」王は言いました。「私は参ります」彼は母へ挨拶して出発すると、国の外へ向かいました。

王が国外へ出ますと、彼と妻にとっては幸運なことに、彼は偶然彼女のいる家の前へたどり着きました。可哀想な彼の娘は両腕がないので、彼は彼女を見てすぐに気付きます。そして彼女に呼びかけました。しかし彼女は彼が自分を殺しに来たのだと思い込み、びっくりして家に閉じこもってしまいます。そこで王は言いました。「違うのです、怖がらないでください、私の可愛い妻よ。私は貴女を連れ戻しに来たのです、危害を加えようというのではありません!」そうして彼はそばへ寄って言います。「貴女に死を与えよという命は私が下したのではありません、貴女が犬の子を産んだという手紙が来ても、私は母に、これまでどおり貴女に良くしてやって欲しいと返事をしたのです。何か不正なことがありました。それを明らかにするために私は馬丁を呼び、どこへ泊まったのかと尋ねました。すると彼はいつも寄っている女将のところへ泊まったと言うのです」彼女はすぐにそれが自分の母親のことだと気付きました。そこで彼女はすべてを夫に話します。そして言いました。「今回のことも私の母がやったに違いありません。彼女のことがすべて分かるわけではありませんが、これは彼女のやり口です」王は言いました。「分かった、もう十分です! 私と一緒に来て、貴女の母がいるところへ私を連れていってください」そうして彼らは出発しました。

彼らはあのオステリアの近くへと来ますと、王はとある家へ妻と娘を預け、そうして精一杯に和やかな様子を保ってオステリアの中へ入りました。

そこで彼は自分の妻にそっくりな女将に会い、そして食事を頼み、食べ始めました。しかしそのご馳走も彼の怒りを鎮めることなど出来ません。彼はどうにかして女将に食事の礼を言うと、彼女に子どもはいるかと尋ねました。彼女は娘が一人いたが、もう死んだのだと答えます。彼は言いました。「彼女は母親に似て綺麗だったでしょうね?」彼女は言います。「まあ、あの子は私よりもっと綺麗でしたよ…でも、天はあの子を連れ去ってしまいました!」―「よく分かりますとも」王は言いました。「貴女には貴女より綺麗な娘がいた、そして彼女には両腕がなかった」女将は顔色を変えました。それに気付いた彼は言います。「何か苦しいことでも? 顔色が悪いですよ」―「いえいえ! 何もありませんって」彼はそこで話を終えてテーブルを立ち、挨拶をして外へ出ました。そして妻と娘を迎えに行き、一緒にオステリアへ入ります。彼の妻も夫と同様、入口で女将に挨拶するとすぐに母だと分かりましたので、中にいた人々にも聞こえるように言いました。「こんにちは、お母さん!」そして彼女に自分の娘を見せて反応を伺います。しかし女将は何も言いません。そこで王は言います。「死んだという貴女の娘は彼女のことではありませんか? そして貴女の娘が産んだという犬の子はこの子のことではありませんか?」その言葉を聞くと女将は失神して倒れてしまいました。人々はこの母親の非道で残虐な行いを知り、皆が皆、彼女のやったことは死に値する、もう悪さをしないように殺すべきだと言いました。そこで王は妻に言います。「私が死刑を下すように決めてください」彼女は彼に死刑を下してほしくないと言います、彼女は自分の母親だからと言うのです。しかし彼はそれを聞き入れませんでした。―「いいですか」彼は言います。「貴女があの女の娘ですって? 私にはそうは思えません」

そこで彼は瀝青の樽の上に彼女を立たせ、みんなの見ている中で彼女を火刑に処すよう命じます。そうしてこの人でなしの母親は焼き殺されました。夫婦は家へ戻り、ずっと平和と安寧の下で暮らしました。


……途中「野っ原」と訳したのはcampoで、これはヴェネツィアに馴染みがあるものとしては即座に市中の広場を思い出す言葉である。Calle dei assassini「暗殺者通り」というものがあることからも分かるように、死角の多いこの街では人を拐かして殺傷することに何の不自由もないのであるが、その後の展開を考えると島内では距離が近すぎる。馬丁が宿を取っていることから考えても市中の話とは思えないのでそのようにしておいた。

さて、御伽噺で娘を苛むのは継母だというのが定番であるが、ときには血がつながっているからこそ起きる悲劇もあることだろう。何とも殺伐とした話であるが、娘の母親が一分の隙もない悪人である代わりに王とその母親が底抜けに人格者であったのが救いである。王が妻を探しに出た途端に都合良く見つかるところ以外はまともすぎて突っ込みどころもない。ないところを捏ねくり回す時間もないので今回はここまで。